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映画「ポケットの中の握り拳」   監督:マルコ・ベロッキオ

上2
母親の葬儀。その棺に足をかける次男のアレッサンドロは・・・

組1-0  50年前の映画。
  今も語られる、当時のセンセーショナルなうたい文句は、陳腐になりました。
  すなおに映画に向き合い、スクリーンが語りかけるままを、今の眼で観てみましょう。

  イタリアの田園にある館に、寡黙で全盲の母親と4人の子供たちが住んでいた。
  兄のアウグストは、20歳半ば位、しっかりしていて経済的に精神的に一家の柱。次男のアレッサンドロは、てんかんの持病を持ち屈折する青年。アレッサンドロの下には、美人の妹・ジュリアと、知的障害でかつ てんかんの持病がある三男・レオーネがいる。 一家はブルジョア階級でメイドを雇っているが、経済的には貧しい。主にアウグストの収入で生活しているようだ。

  家族に障害を持つ人がいれば、もちろん支え合うものだ。だが、一方でいろんな負荷が家族にかかる。介護が長期にわたると、家族みんなが精神的に参ることもよくある事だ。この一家は家族5人のうち、3人が障害を持っている。今まで助け合いながら過ごしてきたが、その実、家庭内はぎすぎすした空気だ。同時に、母親の高齢化と、長男の自立と、次男と妹は自分の道を模索する時でもあった。みなの思いはバラバラだ。家族への愛情と3人の障害が、それぞれの足かせになっている。一家の崩壊が始まっていた。

  兄のアウグストには彼女がいる。結婚して町で暮らしたい。そう考えるが、母親や弟妹たちのことを考えると答えが出ない。正直、重荷に感じ始めている。妹のジュリアはアウグストが好き、兄の彼女に大いに嫉妬している。
中  次男のアレッサンドロは、てんかんが一向に良くならず、はや自分の人生を捨てている。孤独な青春を、何をするでもなくこの田舎の館に引きこもって過ごしている。
  彼は、兄に対して尊敬の気持ちがとてもある反面、その分 劣等感にさいなまれている。また、自分の重い障害が兄の足かせになっていることを憂いている。複雑な心境だ。
  持って行き場の無い、そんなこんなが彼の心の中で渦巻き、奇行や暴力となって家族に向かう。そのことが、この一家の崩壊を早めている。アレッサンドロは、それを知っているが故に、さらに過激になって行く。自暴自棄の域に達していた。

  アレッサンドロは、あることを決意して決行する。
  母親とジュリアとレオーネを車に乗せ、車ごと崖からジャンプしようと山道へ向かった。兄には置き手紙をした。家族4人がいなくなれば、兄さんは自由だ。一方、手紙を読んだ兄は、これを静観した。結果、山道で邪魔が入り、4人はそのまま引き返してきた。

組2-0  その後のある日、アレッサンドロは母親とドライブして、あの崖から母親を突き落してしまう。なぜか不審死となならず、葬儀が行われた。母親の棺の縁に足をかけて、うす笑いを受かべるアレッサンドロに、ジュリアは気付く。さらにアレッサンドロは、ジュリアに、ことの次第を告白する。しかし、そう驚かないジュリア。
  葬儀が済んで、まだ日が経たない頃、アレッサンドロとジュリアは、母親の遺品を窓から庭に投げ捨てて燃やしていた。この様子を見た兄の反応は、古い雑誌は高く売れるから捨てるな、であった。

組2-00  アレッサンドロは、ジュリアを共犯者にした。そして、ジュリアを共犯に仕立てたことで、彼女の兄への愛の、少しを自分に向けられたと思った。
  さらに、葬儀の日、アレッサンドロは何故、母の棺の傍らで笑ったのか。それは、母親を亡き者にした事で家族の負担を減らした貢献と、兄からジュリアを奪えた事で、アレッサンドロは心の中で、兄に対しての優越感に浸っていたのだ。俺はやればできるんだ。
 
  ある日、末のレオーネがてんかんの発作を起こした。アレッサンドロは、弟をバスルームに連れて行き、バスタブに沈めた。これを見たジュリアは、ショックで寝込んでしまう。アレッサンドロは、寝込んだジュリアのベッドサイドで、彼女の顔に枕を押し付け窒息させようとしたが、できなかった。
  が、とにかく、アレッサンドロは高揚していた。日ごろの憂さが吹き飛んでいくのを感じていた。と、その時、彼にてんかんの発作が襲った。あがきうめく。床を転げまわる。
  そのドタバタ音が、ジュリアの部屋に聞こえてきた。同時に、うめき声に異変を悟った彼女は・・・、ベッドから出ようとはしなかった。

中2  公開の1965年当時、西欧ではショッキングだったんだろう。しかし、人口の9割近くがカトリック信者のイタリアとは環境がまったく違う日本と 信者の目を持たない映画鑑賞者、また、イタリアのブルジョア階級やその文化って?と わからない日本から、本作を観ると、製作意図がどれほど見えているのか。まして半世紀前の作だ。
  だから、この映画の売り文句に乗せられず、力まず、今の眼ですなおに観るのがいいと思う。
  次男の人物設定は、いささか強引な印象を受ける。また、兄と妹の人物表現が中途半端。

下オリジナル・タイトル:I Pugni in tasca|Fists in the Pocket
監督・原案・脚本:マルコ・ベロッキオ|イタリア|1965年|108分|
撮影:アルベルト・マルラーマ|音楽:エンリオ・モリコーネ
出演:長男・アウグスト:マリノ・マーゼ|次男・アレッサンドロ:ルー・カステル|妹・ジュリア:パオラ・ピタゴーラ|母親:リリアーナ・ジェラーチェ|

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