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映画「小早川家の秋」  監督:小津安二郎

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組1-0






  京都の伏見で、蔵元(醸造元・酒造会社)を営む小早川万兵衛と、かつて万兵衛が世話した芸者・佐々木つねとの再会を軸に、小早川の一家とその家業の行く末を、慈愛に満ちた穏やかな語りで、物語は綴られる。

  今でこそ大旦那と呼ばれる万兵衛も、若いころは「代々続く造り酒屋のぼんぼん」そのもので、戦前戦中、放蕩三昧であったらしい。当時万兵衛は、芸者・つねを大阪で見そめ旦那として世話をしていたが、戦争が始まる頃から二人の縁は切れていた。そして、戦中戦後の混乱を越えての19年ぶりの再会、それも、思わぬ場所で・・・。

  さてさて、まずは小早川家の話から始めよう。
  妻に先立たれた万兵衛には、三人の子がいる。
  長男は家業を継がず大阪の大学教授をしていたが、一子を残し6年前に他界。嫁の秋子(原節子)は、そのまま大阪に残り、現代的な鉄筋コンクリート造アパートに住み、御堂筋の画廊に勤めながら一人息子と生活している。
  長女の文子(新珠三千代)は、久夫(小林桂樹)を婿に迎えて家業を継いでいる。よって、長女夫婦とその息子は、酒蔵の敷地の一画にある家で、万兵衛と次女の紀子と同居。ここが、映画の舞台。
  そして、紀子(司葉子)は、ここ伏見から大阪の会社に通勤し、大学の同窓、寺本(宝田明)と密かに淡い恋をしている。

組2-0  そして、万兵衛の心配事。
  それは、嫁の秋子(原節子)と紀子(司葉子)のこと。 この二人のお相手探しは、大阪で仕事している顔の広い義弟・北川(加東大介)に任せているが、どうなることか。
  一方、家業の先行きがままならぬ。日本酒市場が激変し、当時、幾多あった伏見の蔵元はざわめいていた。弱小の蔵元同士が合併して規模拡大に踏み切るか、大手資本に組するか、独立独歩で行くか。万兵衛は目の黒いうちに何とかしたいと思ってはいるが、妙案はない。結局、時代の流れに合わせて、婿の久夫(小林桂樹)が何とかするしかない。次代に譲る、心中、そう思っている。

  その年も、妻の命日が巡って来た。
  万兵衛たち小早川の一家は、母親の墓参りのあと、嵐山に出て料亭で食事をした。秋子と紀子の縁談のこともあって、大阪の北川夫婦も呼んでいた。
  楽しい一日が終わり、皆がそろって伏見の家に帰ったその夜、万兵衛が心筋梗塞で倒れた。
  名古屋に住む万兵衛の妹(杉村春子)、東京の弟(遠藤辰雄)も急きょ駆けつけたが、翌朝、万兵衛はけろっと元気を取り戻した。
  
  さて、つねとの再会の話を。
  出会った場所はなんと、京都の西にある向日町競輪場。万兵衛もつねも、競輪が好きであった。
  それからは万兵衛は、家の者や番頭たちに気付かれぬよう内緒で、つねが住む祇園の家に足繁く通い始めた。
  だが、これまでになく頻繁に外出する様子は、気づかれない訳がない。
  盛夏のある日、大番頭に指示された番頭が、大旦那のあとをつけることになった。万兵衛が扇子片手に祇園界隈を軽やかに歩く様や、番頭の追跡をまくに路地を駆使する様は、いかにも通い慣れた様子。

  その年の夏が終わる頃、二人はそろって奈良の競輪場へ出かけた。
  一通り遊んだあとに、二人にとって懐かしい街 「大阪へ出ようか」 と言う万兵衛を制して、つねは祇園の自宅へ誘った。 そして、その夜、つねの家で、またしても万兵衛は倒れた。だが、これが彼の最期であった。

マップ1


  この映画の舞台である、伏見の蔵元や酒蔵が集まる街は、地図の緑線表示の京阪電車 「伏見桃山駅」 や隣駅 「丹波橋駅」 、ないしは赤線表示の近鉄京都線 「桃山御陵前駅」 下車の一帯にある。
  もちろん、小早川は架空だからどこにあったかは分からない。現在もある蔵元・酒蔵は、地図に示すマーク。※1
  小早川家まで聞こえて来る汽車の汽笛は、近くを走るJR奈良線(地図上の旧・国鉄線表示)だ。ちなみに嵐山の料亭で聞こえた汽笛は、旧国鉄の山陰線。

  ここで、試みに大旦那・万兵衛の行動を追ってみる。映画では、移動交通手段は、ほぼ出て来ない。
  まず、つねの自宅へは、「伏見桃山駅」から京阪電車に乗って「祇園四条駅」下車(13分※2)、徒歩で祇園へ通ったろう。 
  戦前、つねに会うため大阪へ行くのは、同じく京阪「伏見桃山駅」から乗車し大阪・淀屋橋(51分)に出たのだろう。帰りはタクシーだった時もあるようだ。つねは、大阪で酔っぱらった万兵衛をタクシーに乗せ、同乗して伏見まで送って来たらしい。(長女・文子の幼い頃の記憶) 都合、往復のタクシー料金。当時万兵衛は、とても羽振りが良かった。
  19年ぶりに再会した向日町競輪場へは、市電か近鉄(10分)に乗って京都駅まで行き、JR東海道線「向日町駅」(8分)下車だろう。市電とは、かつて京都市電・伏見線が中書島を起点に、蔵元・酒蔵がある辺りの「大手筋駅」を経て京都駅まで走っていた(地図上で黒の点線表示)。1970年全線廃止。
組2-1 65  家族と嵐山へ行った時は、小早川家の墓はどこか分からないが、やはり市電か近鉄に乗って京都駅まで行き、国鉄山陰線か、バスかで嵐山。
  最期の日、奈良競輪でのデートは、近鉄「桃山御陵前駅」から「平城駅」(41分)か「大和西大寺駅」で下車。「大阪へ出よか」と言った万兵衛の腹積もりは、「大和西大寺駅」から近鉄で大阪へ、だった。

中0  映画を観てあらためて感じるのは、伏見と京都は違うんだということ。京都市伏見区在住の、例えば長女・文子のような「根っから伏見」の人間が、左京区右京区を指して「京都」と呼んでいる。私は、ちょっと違和感がある。
  もうひとつ感じることは、当時、蔵元の大旦那、若旦那ら旦那衆の営業先や接待の場は、京都よりも酒の大消費地・大阪だったんだろうということ。だから、万兵衛はつねに出会えた。もちろん旦那の皆さん、祇園でも さんざん遊んだことだろうが。

  あとは、どうでもいいことだが、小早川の酒が映画に出て来ない。
  番頭たちが座る事務所には、小さなこも樽 の白雪が置いてある。自宅でつねが、蔵元の旦那万兵衛に出す酒も白雪。これ、伏見の酒じゃない。婿の久夫(小林桂樹)の前掛けには、月の桂と大きく書いてある。こちらは、実在の伏見の酒。
  事務所や家の中に、ラベルの無い一升瓶が並んでいる。憶測だが、ひょっとしてこれは、小早川はすでに自社ブランドの清酒販売を止めて、桶売りしているということか? つまり、ほかの清酒メーカーに小早川の原酒を売って売り上げを立てているのかな? ふと、こんなことも考えてしまう。 
  映画では、ビール・ジュース・ソースなどが、そのメーカー名が分かるように、こっちを向いている。酒も同じ扱いなのだと理解しているが、小早川って造り酒屋。

 ※1伏見酒造組合 ~ 京都 伏見・城陽の酒蔵による組合公式サイト  http://www.fushimi.or.jp/
  ちなみに、伏見桃山駅あたりは、秀吉の伏見城の城下町。例えば、京都市電・伏見線の大手筋駅という駅名も、城下町ならではの駅名。また、桃山御陵前駅の御陵とは、明治天皇の陵、伏見桃山陵のこと。

 ※2現在の所要時間。急行も利用。ただし、当時はより時間がかかったろう。

下英語タイトル:The End of Summer
監督:小津安二郎|1961年|103分|
脚本:野田高梧、小津安二郎|撮影:中井朝一|
出演:中村鴈治郎:小早川万兵衛|原節子:長男の嫁秋子|新珠三千代:長女文子|小林桂樹:その夫・久夫|司葉子:次女紀子|島津雅彦:長女文子の息子・正夫|浪花千栄子:佐々木つね|団令子:つねの娘・百合子|杉村春子:万兵衛の妹・加藤しげ|遠藤辰雄:万兵衛の弟|加東大介:万兵衛の義弟・北川弥之助|東郷晴子:その妻・照子|白川由美:紀子の同窓・中西多佳子|宝田明:同じく・寺本忠|山茶花究:大番頭・山口信吉|藤木悠:番頭・丸山六太郎||内田朝雄:伏見の医者|森繁久彌:磯村英一郎|環三千世:大阪のホステス|笠智衆:農夫|望月優子:その妻|


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Comments: 1

やまなか URL 2015-05-16 Sat 23:18:53

コメントありがとうございます。
映画は1961年製作ですから、その当時は、おっしゃる通り奈良電ですね。
実家が伏見でした。当時、国鉄奈良線を走るC58蒸気機関車が懐かしいし、家から左大文字や鳥居の送り火が、遮るものがなく、よく見えていました。
祖父祖母や叔母がもともと下京の人でしたので、京都へ行くとは言わなかったのかもしれません。
また、私と級友らの間では、四条行こかみたいな言い方でしたので、ちょっと違和感あると書いた次第です。
一夜一話、今後ともよろしく。



> 右京区の常盤に住んでいた者ですが、昭和50年代のはじめまでは、右京区も新丸太町通り沿いに養鶏農家があったりして本当に田舎でした。京都の土地の人間のイメージとして、京都というのは上京区・中京区・下京区・東山区くらいだったように思います。右京区からでも高島屋のある四条河原町辺に行くことを「京都に行く」と言っていましたから。(うちの祖母)伏見から「京都に行く」という言葉が出ても何の違和感もないと思います。 それと、伏見から西大寺、京都駅に行くのは近鉄ではなくて、当時は奈良電でした。 奈良電と京阪電車は丹波橋で相互乗り入れをしていましたから、奈良電の京都駅(今の近鉄京都)に京阪電車が乗り入れてもいました。

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 1)古今東西の映画を分け隔てなく並べて、気に入った映画を選びます。
     
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 3)「素」な気持ちで、「映画作品そのもの」に向き合うことが、私の遊びです。
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