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映画「雪の轍(わだち)」 監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン 2014年トルコ映画

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 主人公のアイドゥンは、父の遺産を継ぐ資産家であり、この地の名士だ。
 僻地とは言え、カッパドキアにあるこの小さなホテル兼住宅はもとより、近隣に散らばる借家や街には店も持っているアイドゥンは、金に不自由しない男。
 彼は、イスタンブールを拠点に若いころから舞台俳優として、これまでの人生を過ごしてきた。しかし俳優としての名声は思ったほどではなく、結局親戚や地元の期待には沿えなかった。
 現在、アイドゥンはこのホテル兼自宅に住み、ローカル紙に時折エッセーを書いているほか、特に仕事を持たず、毎日を隠遁生活、つまり引きこもりに近い日々を淡々と送っている。日々のホテル運営や資産管理など世俗的なことは彼の関心外であり、すべては使用人に任せっきりである。アイドゥンは社会に対して権威的な男ではないが、一方で彼の生活は、まるで一世紀まえの、地方に住む田舎貴族のようである。

 アイドゥンには妻がいる。ニハルという歳の離れた美しい女。(映画は時期を語らないが)今から10年くらい前になるのだろうか、二人は相思相愛で結婚した。その頃は、彼がまだ俳優現役だったんだろう。互いの人生に花があった頃だった。
 だが今、二人は家庭内別居。(カッパドキア特有の洞穴住居は、こうした別居生活、引きこもりに向いた住宅建築様式だ。)ふたりは、これまでにも幾度も衝突してきたが、すっぱり離婚できないくらいの、僅かな愛の残り香と、アイドゥンの資産によるニハル個人の安定した生活確保が、この二人を家庭内別居にしている。
 ニハルはこの屈折した人生のなかで生きがいを模索していた。そして彼女がやっと手にしたものは、慈善活動であった。この地域の学校には予算が付かず校舎は荒れ果てていた。そこで、賛同する地域の有志を集め、慈善事業のための団体をつくり寄付を募ることを始めていた。

2-0_20150819152027bab.jpg さて、ある日、アイドゥンは忠実な使用人のヒダーエットと一緒にランドローバーに乗っていると、石を投げつけられて車の窓ガラスが割れた。投げた子は、アイドゥンの借家の賃借人・イスマイルの子であった。この子を家に届けたところで、アイドゥンはイスマイルに殴り掛かられそうになる。その時、イスマイルの弟・ハムディが二人の間に割って入って、なんとかその場を収めた。イスマイルを怒らせていたのは、家賃長期滞納ために先日行われた、電気製品・家具の差し押さえというアイドゥン側の事務的な強制執行だった。この事が発端で、アイドゥンは初めてイスマイルが家賃を長期滞納していることを知る。(トルコでも貧富の差は広がっている。ましてイスマイルは刑務所出所後、職に就けないでいる。)
 後日、この事件を聞いていたニハルはアイドゥンに話さず、ひとりイスマイルの家に向かった。彼女はイスマイルにあげるための大金を持っていた。だが、札束を手にしたイスマイルは、彼女の前で札束を赤々と燃える暖炉に投げ入れた。家賃以外に借金も抱える身としては欲しい金ではあったが、イスマイルのこの行為は自分の名誉を守り、貧しくも男としての尊厳をニハルやアイドゥンに示すためのことであった。
 さて、ニハルが持っていた金は、イスマイルが彼女の団体に差し出した寄付金であった。その金額は家が一軒買えるほどであった。このアイドゥンの寄付は、二人の最後の夫婦げんかの最中に彼が言い出したことだった。

 辺境カッパドキアの洞窟住居が二人の閉塞感を高めて行ったのだろうか。なぜに家庭内別居というバランスが崩壊してしまったのか。そして、そもそも二人はなぜに不和になって行ったのだろうか。ともかく、ついにアイドゥンはイスタンブールへ、彼女はここに留まることとなったのであった。

3-1_20150819200321084.jpg 物語はチェーホフの小説からヒントを得たとのこと。だからか、映画は至って文学的である。とりわけ夫婦間の会話やアイドゥンの妹との口論は、作り手が気合を入れたようで、とても難しい。本の活字を追うなら思考も自然とついて行けるが、これは映画。ついつい字幕を追うのに忙しくなり、二人の表情を見るのもおろそかになりがちだ。ただし、文学好きじゃなくても、なぜにアイドゥンがニハルに嫌われるようになったかは、難なく分かるはず。会う度にこんなに持って回って難しく、何でも理解しているインテリ風に、手前勝手な思考で一方的にモノを言う男は嫌われるだろう。
 また一方で、例えば家賃回収状況や、長年住んでいる賃借人の近況把握さえも、代理人や使用人にすっかり丸投し、自分は何もわからないアイドゥンの現実逃避加減は、一世紀前の阿呆な田舎貴族のようで、(彼がインテリなだけに) 滑稽である。加えて、社会性が無く、歳の割に幼いニハルの言動も、いかがなものかと観る者は思う。

 同居するアイドゥンの妹とアイドゥンのシーンは、彼の偽善を言うがためのシーンなのか。さらには、イスタンブールへ向かうはずのアイドゥンが列車に乗らず、この地の友人宅で過ごすシーンは、アイドゥンが不審者だと決めつけた男、ニハルの慈善活動に加わる教師が、そうでもなかったことを示すためか、あるいはニハルが抱き続ける、アイドゥンの真綿で包んだ威圧感を、他者である教師も感じる、ということを言うがためなのか。どれも本筋で表現できることであり、いかにも取って付けたようなこれらのエピソードは違和感が残る。アイドゥンがイスタンブールに行かず、ふにゃらと舞い戻ってくるラストは、夫婦に寄り添って鑑賞する向きには良いのかもしれないが、どうでしょうか。
 総じてこの映画、ロシア文学風の重厚な額縁を取り払うと、話の芯が無くなってしまうほどにストーリーにまとまりがなく、骨子がしっかりしていないことが見えてくる。

(写真上) 写真中央が、アイドゥンの洞窟ホテル兼住居。
(写真下) 冬は雪で道はぬかるみ、ホテルは休業状態になる。
     アイドゥンいわく「ホテルは慈善事業状態」 彼は資産で食ってる様子。
 
下

オリジナル・タイトル:Kis Uykusu|英語タイトル:WINTER SLEEP|
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン|トルコ・フランス・ドイツ合作|2014年|196分|
原案:アントン・チェーホフ|脚本:エブル・ジェイラン、ヌリ・ビルゲ・シェイラン|撮影:ゲクハン・ティリヤキ|
出演:アイドゥン(ハルク・ビルギナー)|その若き妻・ニハル(メリサ・ソゼン)|アイドゥンの実妹・・ネジラ(デメット・アクバァ)|アイドゥン雇う忠実な使用人の男・ヒダーエット(アイベルク・ペクジャン)|アイドゥンの借家の賃借人・イスマイル(ネジャット・イシレル)|イスラム教聖職者でイスマイルの弟・ハムディ(セルハット・クルッチ)|イスマイルの息子・イリヤス(エミルハン・ドルックトゥタン)|教師・レヴェント(ナディル・サルバジャック)|スアーヴィ(タメル・レヴェント)|ティムール(メフメット・アリ・ヌルオウル)|








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