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映画 「永遠と一日」   監督:テオ・アンゲロプロス

上
老作家・アレクサンドレと少年。 (アルバニアとの国境にて)

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 ギリシャの北にある港町、テッサロニキに住むアレクサンドレ(ブルーノ・ガンツ)は、重い病を抱えている。明日、入院する予定だ。 
 アレクサンドレを担当する中年の医師が言うに、「私の年代は、あなたの詩と小説で育った世代です。」というように、アレクサンドレは著名な作家。だが近年、創作活動は停滞している。

 アレクサンドレは一人住まい。妻を亡くし、母親は介護入院中、ひとり娘は結婚して家を出ている。
 一人取り残された孤独な生活は、若き妻と幸せだった過去へと、アレクサンドレを誘うのである。

 (映画は、アレクサンドレが見る、過ぎ去りし日々の回顧シーンを幾度も観せるのです。それは、かつてアレクサンドレが住んだテッサロニキの海辺の美しい洋館、妻や母親や生まれたばかりの娘、そして彼を取り巻く人々との幸せの時代でした。)

 そんな悶々とした日々を送っていたアレクサンドレが、1人の少年と出会う。それは入院の前日だった。
 少年は、他の少年たちと共に、ギリシャの隣国アルバニアから不法入国し、路上生活を送っていた。稼ぎは、テッサロニキの街頭で赤信号で止まっている車の窓ガラス拭きだ。
 その日、アレクサンドレが、再度その少年を見たのは、彼が大人たちに誘拐される現場だった。闇で暗躍する一団は、不法入国の子供を誘拐しては、養子を求む富裕層に子を売る商売をしていた。
 その少年を、なんともかわいそうに思ったアレクサンドレは、誘拐犯の後を追い、勇敢にも一団から少年を救った。

 そして、少年を母国に返してやろうと、アレクサンドレは彼を車に乗せ、霧がかかるアルバニア国境線まで行くが、結局引き返してしまう。
 それは少年が単独での帰国を嫌がり恐れていること、またアレクサンドレが見てもアルバニアはあまりに荒んでいたからであった。この時から、アレクサンドレと少年に、親子に近い感情が生まれ始める。

 (映画は、アルバニア国境への旅を、こうした2人のロードムービーとして観せながら、同時にアレクサンドレが夢想する幻想的な旅をも、織り込んで行きます。とりわけ、バス車中での夜間の幻想シーンを観て思うに、テオ・アンゲロプロス監督は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる乗客の様子を意識しています。)

 しかしともあれ、2人の時は一時であった。
 翌朝、まだ陽が登らぬ頃、少年は他の少年たちと一緒に、トラックの荷台に身を潜め母国へと戻って行く。アレクサンドレは、埠頭で少年を見送ったのち、早朝のテッサロニキの街を車を走らせ帰宅するのであった・・・。


 「永遠と一日」は、現在と過去と幻想シーンのパッチワークから成り立っていて、かつ、それぞれの境目は曖昧としています。不思議な世界を垣間見ることができますが、難解に感じるかも知れません。でも、これがテオ・アンゲロプロス監督独特の手法です。

 ちなみに、この映画のキーワードは、かつてはマケドニアという国の都市だった「テッサロニキ」と、そこで生まれ育った作家アレクサンドレのセリフにある「よそ者」という言葉です。
 1920年代くらいに生まれただろうアレクサンドレはじめ、遠い昔からテッサロニキに住む多くのギリシャ人にとって、母国とはギリシャの隣国・マケドニアでした。つまり彼らはギリシャ人ですが、マケドニアにアイデンティティがある人びとでした。
 それが、1913年にマケドニアの一部とテッサロニキが、ギリシャの侵略によって一方的にギリシャに併合され、無理やり、ギリシャ国民となりました。その時からテッサロニキの人々は「よそ者」になりました。人々は今も、良き時代のテッサロニキを忘れません。

 そんな不安定な出自を、歳を重ねるにつれて自覚するアレクサンドレの強いアイデンティティと郷愁は、病に侵され孤独で作家活動も振るわない自身の境遇と重なり合い、アレクサンドレの心境はスパイラルの様相を呈して行きます。
 そこへ、やはりギリシャの隣国、アルバニアの政変を逃れてギリシャに不法入国して来た少年と出会いました。
 少年は異国でなんとか生きようとしています。アレクサンドレは少年の心に共感しました。たぶん、幼い少年から学ぶことがあったでしょう。だから、アレクサンドレは少年を危機から救ったのです。
 テオ・アンゲロプロス監督の映画は、ギリシャの歴史、いや、オスマン帝国領時代からのバルカン半島の歴史が絡むので、難しいです。学ぶきっかけになるでしょう。
 (ギリシャの領土拡張、右地図をクリックで拡大・・・「近現代ギリシャの歴史」中公新書より)
地図


2-0_20160925214408a1b.png さて最後に、本作に思うことが3つ。(この映画が好きな方は、以下を読むべからず。)
 この映画は、とてもフォトジェニックな作品です。 
 主要登場人物の背後で、多くの出演者が一様に黒っぽい服装で登場します。(監督の他作品同様に)
 そんなシーンでは、人々が画面内で絶妙に配置されていて、素晴らしい構図を観せます。また、大きな建造物を画面に取り込んで、それに人々を配置して、画面は構造化されます。また、回顧シーンで、作家と若き妻、夫妻を取り巻く人々が浜辺で遊ぶシーンがありますが、これは日本の写真家・植田正治を踏襲しています。(植田正治(1913-2000)は鳥取砂丘での人物写真が有名)

 しかし、監督の作意(計算)が気になりだすと、少々げんなりします。作意が透けて見えるのです。
 例えば、向こうへと続く道を、作家と少年が乗る車が去って行く。しばらくして、「間」が計算されていて、「だろうな、頃合いだな」と思う、その時、走り去ったその道を横切る車が現れる。ギリシャ正教の坊さんが横切って行く。同様なことが他のシーンでも出てくる。海を背にして作家が立っていると、ちょうどいいタイミングに沖合を船が横切って行く。
 特に、登場人物の動きです。動きが予測できてしまう。
 例えば、長い廊下を遠近法の構図で見せ、その構図の奥にある出口へ向かって作家が去って行く。ドアを開け放った出口からはまぶしい陽射しが見えていて、その出口の明るい輪郭の中に、作家の黒い影が入って、ちょうどフォトジェニック的にいい今だ、という時に、作家は歩みを止める。ああ、やっぱりそこだ。

 加えて、これもこの監督の特徴ですが、たぶんに舞台演劇的です。(監督の他作品も同様)
 例えば、背を見せていた人が、「2歩、後ずさり」してから、振り返りこちらに向かって歩き出す。いかにも不自然ですが、これはこれで動作の型を指示しているのです。舞台演技に見えます。
 また、舞台は、映画ほどに自由に場所場面を変えられない。だから舞台上では、脚本が次の場面へ主人公を伴って移りたい時、(場の空気を変えたいため)、突然突拍子もないところで、いきなり人が出て来て、前後脈絡のないセリフを主人公と話しだす。これで場面を変えたとする舞台の表現技術。これが、映画に出てくる。う~ん。 
 
 ですが、映画音楽を担当する作曲家・エレニ・カラインドルーのサウンドは好きです。


オリジナル・タイトル:Μιά αιωνιότητα και μιά μέρα
英語タイトル:Eternity and a Day
監督・脚本:テオ・アンゲロプロス|ギリシャ、フランス、イタリア|1998年|124分|
脚本協力:トニーノ・グエッラ 、ペトロス・マルカリス 、ジョルジオ・シルヴァーニ|
撮影:ジョルゴス・アルヴァニティス 、アンドレアス・シナノス|音楽:エレニ・カラインドルー|
出演:アレクサンドレ(ブルーノ・ガンツ)|少年(アキレアス・スケヴィス)|妻・アンナ(イザベル・ルノー)|母(デスピナ・ベベデリ)|娘・カテリーナ(イリス・ハジアントニウ)|娘婿・ニコス(ヴァシリス・シメニス)|家政婦・ウラニア(エレニ・ゲラシミドゥ)|詩人・ソロモス(ファブリツィオ・ベンティヴォリオ)|ほか

【テオ・アンゲロプロス監督の映画】  これまでに記事にした作品です。題名をクリックしてお読みください。

旅芸人の記録」(1975年)   「シテール島への船出」(1984年)



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 3)「素」な気持ちで、「映画作品そのもの」に向き合うことが、私の遊びです。
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