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映画「ブリキの太鼓」  監督:フォルカー・シュレンドルフ

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1-0_20180511163533957.jpg 3歳にして「大人の世界」を忌み嫌い、その後も幼児のように生きたオスカルという男の話です。
 この作品は、観る者の興味、視点の違いで、異なって見える映画かも知れない。そんな二面性いや三面性があります。

 そのうちの一面は、ストーリーのバックグランドとして配置されている、物語当時のポーランドの時代性、これを冷徹に語る側面。
 それは第二次世界大戦へ突き進むナチスドイツに対するポーランドの有り様と、そして当時のポーランド国内の民族的差別とを、庶民の目から生々しく描いている側面です。

 ふたつ目の面は、当時を生きる人々の赤裸々な性を、あからさまに描く側面。
 オスカルの両親と周辺の人々、およびオスカル自身のそれです。
 これがメインテーマのごとく映画は語ります。

 三つ目は、ダークなファンタジーの側面。
 オスカルは3歳にして二つの超能力を持っていました。
 まずは自身の身体的成長を止められること。
 もうひとつは、「ブリキの太鼓」を叩きながら、叫びとも聞こえる奇声を発すると、その衝撃波で標的としたガラス窓やグラスを、一瞬にして砕き散らす能力です。(コミカルなシーンとして描かれます)
 これは、オスカルがのちにサーカス団(慰問団)に加わり、芸として見せるシーンもありますが、大人の淫らな性や(たぶん本質的には)戦争や憎しみ合いも含め、「大人の世界」を嫌ったオスカルの叫びと警告であったのかもしれません。

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 さて、この映画が語るお話をなぞってみましょう。
 1924年生れのオスカルは大人になることを避け、自らの意思で身体の成長を3歳で止めました。
 映画はこの、いつまでも幼児に見えるオスカルの顛末を軸に、ポーランドの都市ダンツィヒ(現在のグダニスク)周辺を舞台に、隣国ナチスドイツを歓迎しその思想に心酔し、ドイツの敗戦でこの悪夢から目覚めたポーランドの人々の、うつろな心模様を描きます。

 また映画は初めに、1899年から語り始め、ポーランドの少数民族カシューブ族(カシュバイ人)の出自であったオスカルの母方の祖母を登場させ、カシューブ族とポーランド人との民族的乖離を暗示します。(この話全体は、疎外されたカシューブ族の祖母の視点を基点にしているように思えます)
 さらに、ナチスに賛同する人々と、反ナチス・ポーランド人との内戦、またユダヤ人差別とシナゴーグ放火暴動など、ポーランドに住むユダヤ人を排斥する反ユダヤ主義のポーランド人の様子も描き出しています。


 そんなことを背景にして、さて、映画はオスカルと彼周辺の人々の話をどう語るのか。それは欲情の物語でありました。
 オスカルの奇麗な母親アグネスは同時に二人の男を愛していました。夫アルフレートと、アグネスのいとこ(従兄)で愛人のヤンです。
 アグネスは夫と生活を共にしながらも、ヤンとの間にできたであろう子・オスカルを育てています。(オスカルはヤンが実父だと思っている)
 そしてアグネスは再度ヤンの子を宿すが、これまた夫アルフレートはとても寛容でありました。しかしアグネスは体調不良と精神の混乱で自殺、あっけない死でありました。
 こんな日々の中、夫アルフレートは時と共に他の多くのポーランド人同様にナチスに心酔していく。
 独り身になって子育てと、自身が営む店のやりくりに苦労していたアルフレートは、ある日、アグネスの母親(オスカルの祖母)から一人の少女を住み込みの小間使いとして紹介されます。16歳のマリアです。オスカルと同い年。時は1940年。

3-0_20180511165213ff7.jpg この出会いはオスカルの初恋となりました。
 オスカルは、いまだに外見は幼児だが16歳の男です。マリアの肉体に魅かれます。
 そして、表向きの父親アルフレートもマリアを求めました。
 マリアが妊娠します。その子はクルトと名付けられます。その後もオスカルは、クルトを密かに自分の子だと思い続けました。

 オスカルのもうひとつの出会い。
 それはサーカス団の芸人たちでありました。とりわけ、10歳で成長を止めたと言う、小人症の団長ベブラじいさんとは息が合いました。
 そののちオスカルはサーカス団に加わり、慰問隊として(第二次世界大戦の)戦場を巡ります。
 この間、同じく団員のひとりで小人症の女性と恋に落ちます。短いでしたが幸せな日々を過ごすことができました。

 さあ、話は徐々にラストを迎え始めます。
 クルトが3歳になる日、オスカルは帰郷しクルトに新品のブリキの太鼓をプレゼントしました。そしてナチスドイツの敗戦。
 このドイツ敗戦によるポーランドの混乱の中、オスカルの父アルフレートは戦勝国ソ連軍兵隊に射殺されます。(射殺したソ連兵が能面づらの東洋系青年であったことが少し気になります)

 埋葬に参列したのは、オスカル、彼の祖母、マリア、クルト、墓守のユダヤ人でした。
 オスカルは3歳からずっと太鼓を手放しませんでしたが、父の埋葬時に、持っていたブリキの太鼓を墓穴に投げ入れます。それは、オスカルの決意表明でした。彼は止めていた自身の肉体的成長を開始することにしたのです。この時、オスカル21歳、1945年のことでした。

 ラストシーン、オスカルは祖母に言われます。「我々はポーランド人でもドイツ人でもない。お前はここにいてもしようがない、西へ旅立ちなさい」 
 そう言われてオスカルは列車に乗って旅立ちました。(終)

 ちなみに、1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻が第二次世界大戦の始まりとされています。

オリジナルタイトル:Die Blechtrommel
監督:フォルカー・シュレンドルフ|西ドイツ、フランス|1979年|142分|
原作:ギュンター・グラス(1959年発表)|
脚色:ジャン・クロード・カリエール 、 フォルカー・シュレンドルフ 、 フランツ・ザイツ|撮影:イゴール・ルター|
出演:オスカル・マツェラート(ダーフィト・ベンネント)|父アルフレート・マツェラート(マリオ・アドルフ)|母アグネス・マツェラート(アンゲラ・ヴィンクラー)|若き後妻マリア・マツェラート(カタリーナ・タールバッハ)|母アグネスの従兄ヤン・ブロンスキ(ダニエル・オルブリフスキー)|母アグネスの母親アンナ・コリャイチェク(若年期:ティーナ・エンゲル、老年期:ベルタ・ドレーフス)|母アグネスの父親ヨーゼフ・コリャイチェク(ローラント・トイプナー)|ブリキの太鼓を供給し続けたユダヤ人の玩具店オーナー・ジグムンド・マルクス(シャルル・アズナヴール)|ほか
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