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映画「彼女の人生は間違いじゃない」  主演:瀧内公美 監督・原作:廣木隆一

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 時は、東日本大震災から5年経ったころ。
 父親の金沢修と、その娘みゆき(瀧内公美)は、いわき市の仮設住宅に住む。
 原発被災者として賠償金をもらっているのだろう、父親はパチンコに通う日々。
 金沢家は放射能に汚染された畑と家を持つ元農家、妻は未だ行方不明。
 みゆきは、市役所に勤務する傍ら、父には英会話教室に通っていると偽って、渋谷を拠点にデリヘル嬢をしている。

 この構想で、映画は何を語ろうとするのだろうか。
 思うに映画は、被災地福島と、東京渋谷を、同軸で結ばれる世間ととらえて、それぞれの世間から浮き上がってしまった人々の生き様を描こうとしているのかもしれない。
 いわきでは、いかがわしい謎の壺を売りつけるマルチ商法に加わって稼ごうとする男や、何かの新興宗教にハマり家族を棄てた人のエピソードや、仮設住宅に住みながらも、今も原発に勤める男の妻が、周囲の冷たい視線による精神的苦痛から自殺を繰り返し試みるエピソード。

 渋谷では、デリヘル業で働く人をとらえ、デリヘル嬢のみゆきの様子や、デリヘル事務所で働く男(高良健吾)の有り様や、みゆきの同僚の飛び降り自殺のエピソードを描いている。

下 この福島と渋谷の話を結ぶのは、主人公みゆきの存在。
 みゆきは、浮草の様に、被災地ではなく渋谷で、どう仕様も無く世間から浮き上がってしまった女。
 しかし、なぜ、みゆきは自ら進んでデリヘリ嬢になったのか、映画は語らない。
 それは、観る者に委ねたのかもしれない。

 一方、映画が福島の世間から浮き上がってしまった少数の人々に、焦点を当てたことによって、震災と原発災害によって苦しむ多くの人々、つまり世間から浮き上がらずに懸命に生きる人々のリアリティが、相対的に希薄になってしまった。
 そのリアリティの不足を補うことも、映画は観る者に委ねたのかもしれない。(被災後の状況は知れ渡っているからか)
 例えば、こんなだ。マルチ商法にハマった男は、たぶん、東電の賠償金をもらえる地域外の人間だろう。
 つまり賠償金が貰えるか貰えないかの貧富の差を表現するシーンだと。(マルチ商法の男のそういうセリフに気が付けば) 

 ちなみに、登場人物のひとり、市役所職員の新田(柄本時生)が夜、行きつけのスナックで呑んでいると、店でバイトする女子学生から、自身の卒論のための調査だとして、新田に対し幾つもの質問事項を読み上げるようなシーンがある。
 その、明らかに被災者ではない立場から発する質問は、被災者担当職員として、事務的に答えうる、よくある紋切り型の質問項目であったが、新田にとって今は「私」の時間、かつ被災当事者でもある新田は、困惑した表情で、無言を通した。むしろ、彼が出来うる抵抗だった。
 それは、何に対しての抵抗だったのか。このシーンも注目です。

 さて、渋谷の街で世間から浮き上がったみゆきは、いわきの地元では、どうなのか?
 震災直前まで、付き合っていた男がいた。
 その後、互いにながらく音信不通であったが、男はみゆきに会いに突然、いわきに立ち寄り、彼女を呼び出した。
 このシーンで、みゆきの心の底が垣間見れます。

 本作は、受け身で見流すのでなく、しっかりと映画を読み込む類の作品です。
 言い忘れましたが、いわきからの高速バスで着いた東京駅の女子トイレで化粧するみゆきと何度も出会う、被災者ではないが新潟から来る女(趣里)とのシーンもお見逃しなく、重要なシーンです。
予告編です。 


監督・原作:廣木隆一|2017年|119分|(原作の小説は監督自身の著、2015年発行)
脚本:加藤正人|撮影:鍋島淳裕|
出演:金沢みゆき(瀧内公美)|金沢修(光石研)|三浦秀明(高良健吾)|新田勇人(柄本時生)|山本健太(篠原篤)|山崎沙緒里(蓮佛美沙子)|戸田昌宏、安藤玉恵、波岡一喜、麿赤児、小篠恵奈、毎熊克哉、趣里、ほか

こちらで廣木監督の作品をまとめています。
ぜひご覧ください。
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やまなか
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