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映画「愛怨峡 (あいえんきょう)」  監督:溝口健二

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汽車で、東京へ駆け落ちするふたり。

  昭和12年、信州は別所温泉での話。 (ここでロケが行われたらしい。当時の上田の風景が映画の中で見れる。)
  さかのぼること大正10年(1921年)に上田温泉電軌が開業していた。別所温泉へ湯治客をたんと運んだろう。そんなだから、別所温泉の老舗旅館のあるじという身分は、信州上田あたりじゃとても名の知れた家で、資産は相当なものだったろう。映画では大きな金庫と「鍵が・・・」というセリフがそれを現している、と観た。

諍い  この家の長男・謙吉は、卒業したら旅館を継ぐという約束で東京の大学に行っていた。
  しかし、東京に身を置いて感じたことは、あんな田舎、こんな古臭い宿。継ぐ気はない、と父親にハムかってみるが、じゃひとり東京で生きていくか、となると心細いかぎり。勝ち目はない。昭和12年とは二・二六事件の翌年だ、行く末は乱高下、しかもインフレ激しい世の中。そんな謙吉と父親のやりとりを気にしている女中、おふみ。
  東京に出る前からか、帰省時か。謙吉は女中のおふみに気があった、彼女も・・・。一緒になろうと。もちろん両親は、ふたりの事は、まったく知らない。
  父親との物別れのあと、「で、どうだったの?」 すかさず、おふみは謙吉に聞く。家を継ぐ/継がないという話と、東京へおふみと駆け落ちする/しないという話は、謙吉の中で、整理ができない。そこんとこが、おふみには、ジレッタイ。妊娠している。結局、ふたりは、雪の中、汽車に乗って東京に駆け落ちする。

シーン  何とか住処をみつけたが。おふみにしてみれば、日銭を稼がなきゃ、しかし謙吉はいっこうに働き口を探さない。そんなある日、おふみが出かけて留守の日、突然に上京した父親は、滞った家賃を払い、息子謙吉を連れて帰って行った。んな事とはつゆ知らず、おふみは、ミルクホールに女給の職を紹介された。喜んで帰宅したが、謙吉の姿は無かった。

おふみと


  ここから、おふみの新たな人生が始まる。
  2年経った。彼女は呑み屋で働いている。客と馴れ馴れしい。酒は飲む、大口開けて大笑い。この間、出産し子供は里子に出してしまった。
  おふみは、流しの艶歌師、芳太郎とあらためて出会う。そう、ミルクホールの職を見つけてくれた芳太郎だ。
  芳太郎は元ミュージシャンでインテリだ。今は落ちぶれて やさぐれ艶歌師。アコーディオン抱えて街を流す。だが何故か、おふみに対して兄貴の様に優しく気づかう。その気はない。
  もうひとり、おふみの人生に大きく影響する人物が再度登場する。おふみの叔父だ。かれは信州一円を巡業する旅の一座の座長。おふみが、未だ別所温泉の女中の頃、この叔父が来て、父母妹弟なくひとりの彼女を一座で引き取ろうとした。今度は、芳太郎と一緒の所に現れて、夫婦漫才をしないか、という奇天烈な提案。芳太郎もおふみも客扱いに慣れていて、唄も唄えて、芳太郎は漫才のネタも作れそう。ふたりは、この話に乗った。

  叔父はさっそく、里子に出ていた赤ん坊を引き取って来て、おふみは大いに喜ぶ。漫才のほうは、どうやら笑いが とれるようになり巡業にも慣れて一、二年か経った。
  そして、一座は別所温泉へ。映画は、この公演場所の小屋の桟敷に謙吉を登場させる。彼は舞台を見て、打って変わったおふみの様子に驚くが、すぐさま楽屋に向かった。楽屋には叔父と、熱を出している我が子に会う。謙吉は我が子を抱いて実家の旅館に帰り医師を呼ぶ。舞台を終えて楽屋に戻った、おふみは、子の姿がないことに驚き、旅館に走る。勝手知ったる旅館に、おふみは上がり込む。彼女はそこで知る、今は謙吉が、この旅館のあるじで未だ独身、彼の両親は隠居していて別居していた。
  おふみは、子と共に一座に戻ると強く言い張ったが、結局、旅館のおかみに収まる事になった。と、そこへ別居の父親が帰ってきて、大騒ぎ。案の定、やはり謙吉は父親に逆らえない、小心者。デジャブな、嫌な後味を引きながら、彼女は子供とともに、この旅館を去って行った。
  
  そして、おふみは芳太郎のふところに帰って、再び、はつらつとして舞台に立つのであった。


  ふたりの漫才シーンが実にいい!
  溝口監督作品の三連作。1935年「マリアのお雪」、1936年「祇園の姉妹」、そして1937年本作「愛怨峡(あいえんきょう)」だ。誤解しがちだが、「祇園の姉妹」と「愛怨峡」は、当時の現代ドラマ。
  「愛怨峡」をよく観れば、「祇園の姉妹」を傑作などと言って持ち上げすぎな気がする。また現存フィルムが無残な状態なので、観る気を損ねるのは事実だが、この言い訳は「愛怨峡」に失礼だな。
   

置き手紙を一枚残して、謙吉は父親と共に別所温泉に帰って行った。
下
監督:溝口健二|1937年|108分|
原作:川口松太郎|脚色:依田義賢、溝口健二|台詞監督: 水品春樹|撮影:三木稔|
出演: 山路ふみ子 (村上ふみ)|清水将夫(謙吉)|河津清三郎(流しの艶歌師・芳太郎)|三桝豊 (謙吉の父安造)|明晴江 (謙吉の母おしん)|田中春男 (謙吉の友人広瀬恒夫)|野辺かほる (その妻里子)|浦辺粂子 (産婆村井ウメ)|大泉慶治 (その夫浩太)|菅井一郎 (街の紳士森三十郎)|大友壮之助 (刑事新田格)|大川修一 (よたもの小山譲二)|鳥橋弘一 (講談師神田伯山)|田中筆子 (万才師春廼家小春)|上田寛 (万才師春廼家笑福)|ジョー・オハラ (小唄流行亭左松)|奈美乃一郎 (浪曲師天広軒虎松)|滝鈴子 (女道楽立花家歌之助)|



 溝口健二の映画 ~ 一夜一話からピックアップ

紹介1「祇園の姉妹」

  当時、芸者はその手の女性がやる商売なんだといった通念が一般的だったかもしれない。男性優位の時代、わけても祇園は差別が特に露出する街なわけだ。しかし、映画はそんな状況をかき分けるようにして、祇園の女性の立場から祇園を描く。そういう意味からもこの映画、当時としては先鋭的だった・・・。
  全文はこちらからご覧ください。


紹介2「マリアのお雪」

  「おきん、考えてもごらん。」
  「あの人を西郷方へ突き出したところで、それまでの話じゃないか。もしまた、逃がしてやったにしても、二度と会える人じゃない。この戦争がいつおさまるかは知らないが、いずれは官軍の勝利に決まっている。戦争が済んで官軍の兵隊が東京に引き上げてしまえば、ほれたもはれたもない。運よくいって朝倉さんが東京へ凱旋したと考えてごらん。それこそ金筋を光らせた陸軍の将校様だ。わらじやの一文酌婦が命がけでほれてみたって、添い遂げられる人じゃない。ほんの戦場の出来心。長続きのできる相手じゃないことは、おきん、お前だってわかっているじゃないか。」
  全文はこちらからご覧ください。 



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 日ごろのアクセス、本当にありがとうございます。気づけば、ブログを始めて8年目に入りました。一夜一話に掲載したい映画、まだまだあります。気の向くまま、その時の気分でやってます。遊び半分じゃなく、「全部遊び」です。

<一話一夜の方針かな>
 1)古今東西の映画を分け隔てなく並べて、気に入った映画を選びます。
     
 2)以前に観た映画でも、もう一度あらためて観てます。むかし感じた印象と大きく異なることも多いからです。

 3)「素」な気持ちで、「映画作品そのもの」に向き合うことが、私の遊びです。
 作品自体が語りかけてくること以外の額縁情報、つまり宣伝文句、その受け売り文章、受賞実績、監督発言、出演俳優がどうしたとか、そして映画評論本やらは、はなから無視して、自分の眼で観るようにしています。

 4)観て気に入らない映画、つまんない映画は、基本掲載しません。
 だから、観たけど掲載しない映画は多いです。巨匠の名作と言われる映画も、気に入らなければ掲載しません。また、名物にうまいモノなし、ということも実感します。

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