「ルンタ」・「私の中の自由な美術」・「フェアな未来へ」 およびドキュメンタリー映像 「ラベルの裏側 ~ グローバル企業の生産現場」 ・・・最近読んだ本から、ピックアップ。
2015年02月22日 公開

最近読んだ本から、三冊ピックアップしてみました。

◆ 「ルンタ」 山下 澄人(著) 講談社
なかなか面白い小説。
繰り言のような語り口にリズムがあって丸く滑らか。そう思った途端に作者の術中にはまる。
気が付くと、主人公の「わたし」が語るその手元の仔細、それ以外が見えなくなる。読者は、まるで真っ白な濃霧にいるような物語世界を体験する。
周りが見えないなかで、登場人物や動物が、死んだ者が、そして現在が過去が時間を前後して、濃霧の中から不意に現れては、霧の中に消えていく。
そのうち主人公の「わたし」の魂が浮遊しだす。物語の視点も走馬灯のように、はかなげに移りゆく。それでいながら、物語はしっかりと大きなスパイラルを描く。
この小説は会話文が多い。すべて関西弁だ。突飛な思いだが、本作を新作落語に仕立てると面白いかも。もちろん、滑稽噺にはならないが。

◆ 「私の中の自由な美術 ~ 鑑賞教育で育む力」 上野 行一(著) 光村図書出版
美術鑑賞とは、要するに視覚の冒険であり頭の体操である。
例えばピカソの「ゲルニカ」は、スペイン内戦時に起こったフランコ政権の残虐行為に対するレジスタンスの表われであり・・・といった作品の成立背景や作家にまつわるエピソードや美術史に関する知識がないと鑑賞できない、ものではない。同様に、音楽で言えば、マーラーの交響曲第五番は、楽曲の背景にあるマーラーの恋愛エピソードを知らなければ真に理解できない、ものではない。と著者は言う。
なぜ、多くの人は「作品鑑賞」と、作品知識についての(作品解説や音声ガイドによる)吸収とを、短絡的に結び付けてしまうのだろう。わからない不安からか。わかった気になるからか。
学芸員ら美術専門家の中には、美術館来館者が「自由に見る」鑑賞法を疑問視する。学術的研究による作品解釈は厳然と存在し、素人が自由に語るのは勝手だがそれは世間話に過ぎないと考えているらしい。
そもそも、作品についての知識を得ることの意味と、作品を見て味わうことの楽しみとは次元が異なる。
その楽しみ体験は極、個人的なもの。同じものを見ても、私とあなたとでは、作品のどこを見るかも、感じ取り方も解釈の仕方も違うはず。それを語り合う楽しさもある。作品の解釈は無数にありえる。学術的な解釈だけが正解ではない。
作品は、何にもとらわれず自由に見て考えて楽しむべきだ。作品と向き合いインタープレイを楽しむ気持ちが大切。
美術も音楽そして映画も同じだと私は思う。 ただ、「鑑賞」という言葉がどうしても好きになれない。
<目次>
序章 アートはあなたの心を映す鏡 4章 見る人がいなければアートは存在しない
1章 私たちの絵の見方 5章 絵の中に入ってみよう
2章 なぜ私たちは見る力がないのか 6章 注意深く見ると見えてくるもの
3章 子どもの絵の見方 終章 私たちにとって美術鑑賞とは何か

◆ 「フェアな未来へ ~ 誰もが予想しながら誰も自分に責任があるとは考えない問題に私たちはどう向き合っていくべきか」
ヴォルフガング・ザックス、 ティルマン・サンタリウス(共著) 新評論
どのようなグローバリゼーションなら持続可能なのか。
私たちの時代の重要課題に、「エコロジー(生態学)と公正(フェア)」があり、このふたつの課題が、いかに関連し合い、不可分であるかを本書は示したと言う。世界各地の気候変動や貧困や資源争奪を、自分達には手に負えない大きな問題だとして、誰もが予想しながら誰も自分に責任があるとは考えない問題。本書はこれを浮き彫りにしている。
◆第1章 現実主義者にとっての公正 ・・・・・・・・・・
(相互に結びつく世界/分断された世界/限りある自然/限りある時代における公正)
産業近代化が作り上げた豊かさモデルを検証すべき時期。先進工業国の消費レベルがこのまま続く限り、世界は現状を超えた公正を手にできない。経済開発レベルをこのまま持続させれば増え続ける世界人口が西洋の生活水準をもたらすかもしれないが、生態学的に破たんする。また、新興工業国の近代化への急発進は、貧しい国・地域をさらに周辺化させ、グローバルなアパルトヘイトを引き起こす可能性がある。
公正を実現するにはエコロジーを犠牲にせざるを得ないのか。エコロジカルな社会を実現するには公正を犠牲にせざるを得ないのか。この対立を避ける方法は。
◆第2章 環境をめぐる不公正 ・・・・・・・・・・
(資源の地理的分布・南北間の配分・被害の分散/貿易が生み出すエコロジカルな不平等/新興経済の資源要求)
限られた環境空間を誰がどのくらい買い占めているかを検証。天然資源は先進工業国へ向かうが、新興工業国や発展途上国が自国の取り分を増やそうとしている。
◆第3章 専有を競う競技場 ・・・・・・・・・・
(地政学 石油資源を奪い取れ/国際貿易 領土の占有/投資 水資源の独占化/国際法 植物資源をめぐる特許)
分配の不平等(=不均衡)自体は非難されるべきものではない。問題は、それがいつどういう局面で不公正に変わるのだろうか。地政学、貿易の歪み、投資力、政府間協定等の権力の道具によって偏った分配がいかに引き起こされたかを見る。
◆第4章 フェアな資源配分モデル ・・・・・・・・・・
(倫理と距離/認知と配分/確固たる生存権/資源需要の削減/フェアな交換関係の創造/不利益に対する補償)
地球社会における公正の問題とは何か。国際的な資源公正へ導く四つの基本理念。人権、公正な配分、フェアトレード(公正な貿易)、受けた被害への補償。
◆第5章 フェアな豊かさ ・・・・・・・・・・
(収縮と収斂/過剰消費を削減する/エコロジカルな跳躍)
省資源型の繁栄が、北半球の諸国、南半球の諸国に、より大きな公正をもたらす。
◆第6章 公正とエコロジーのための取り決め ・・・・・・・・・・
(温暖化政策における平等/公正と多様性/自由貿易に替えてフェアトレードを/企業にも市民としての責任を)
全地球的な協力体制の仕組みが、あらゆる生産・消費モデルで必要とされている。持続可能なグローバリゼーションを実現するには、国際市場における政治的再編が欠かせない。多国籍企業の企業活動に法的枠組みをかけて、経済成長の理念が、人権、公正、環境保全の理念に優先してはならないことを常に確認していく必要がある。
◆第7章 ヨーロッパの存在価値とは ・・・・・・・・・・
ヨーロッパはコスモポリタンとしての使命がある。南の諸国と協力し、世界の競技場における合法性、協同性、公益性の代弁者として働く。
フェアな未来について、広範囲に掘り下げて論じた、まとまったこういう本を読むのも悪くない。
市場原理主義や新自由主義を批判する 「ショック・ドクトリン」 と合わせて読むといい。「ショック・ドクトリン」 については、以前掲載したこちらの記事をご覧ください。
◆ 「ラベルの裏側 ~ グローバル企業の生産現場」 フランス 2012年制作 (NHK-BS 世界のドキュメンタリー)

ドキュメンタリーに出て来るブランドは、ZARA、H&M、 Bout'Chou(フランスの子供服ブランド:ブーシュー)。
バングラデシュでは、輸出総額の80%が衣料品だ。 中国に次いで、世界第2位の衣料品輸出国となっていて、バングラデシュ国内360万人の女性が多数の縫製工場で働いている。
しかし、その生産現場では、14歳以下の児童労働や未成年者の長時間労働と、明らかな労働法違反がまかり通っている。彼女たちは、週6日出勤、72時間/週 以上働いて、月給45ドル。かつ、就労者は勤務中に自由に工場を出入りできない。
さらには、これらの工場には、下請け工場が数多く存在し、その労働条件はさらに悪い。
国民の半数が、一日1ドル50セント以下で生活しているバングラデシュは、世界の最貧国のひとつになっている。
ドキュメンタリーは言う。
「ファスト・ファッションを買う時、着る時に、自身の倫理観と向き合うことになりませんか?」 と。
(原題:Underhand Tactics: Toxic Lable 制作:Premieres Lignes Television NHKオンデマンド期間終了)
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