映画「小早川家の秋」 監督:小津安二郎
2014年09月12日 公開


京都の伏見で、蔵元(醸造元・酒造会社)を営む小早川万兵衛と、かつて万兵衛が世話した芸者・佐々木つねとの再会を軸に、小早川の一家とその家業の行く末を、慈愛に満ちた穏やかな語りで、物語は綴られる。
今でこそ大旦那と呼ばれる万兵衛も、若いころは「代々続く造り酒屋のぼんぼん」そのもので、戦前戦中、放蕩三昧であったらしい。当時万兵衛は、芸者・つねを大阪で見そめ旦那として世話をしていたが、戦争が始まる頃から二人の縁は切れていた。そして、戦中戦後の混乱を越えての19年ぶりの再会、それも、思わぬ場所で・・・。
さてさて、まずは小早川家の話から始めよう。
妻に先立たれた万兵衛には、三人の子がいる。
長男は家業を継がず大阪の大学教授をしていたが、一子を残し6年前に他界。嫁の秋子(原節子)は、そのまま大阪に残り、現代的な鉄筋コンクリート造アパートに住み、御堂筋の画廊に勤めながら一人息子と生活している。
長女の文子(新珠三千代)は、久夫(小林桂樹)を婿に迎えて家業を継いでいる。よって、長女夫婦とその息子は、酒蔵の敷地の一画にある家で、万兵衛と次女の紀子と同居。ここが、映画の舞台。
そして、紀子(司葉子)は、ここ伏見から大阪の会社に通勤し、大学の同窓、寺本(宝田明)と密かに淡い恋をしている。

それは、嫁の秋子(原節子)と紀子(司葉子)のこと。 この二人のお相手探しは、大阪で仕事している顔の広い義弟・北川(加東大介)に任せているが、どうなることか。
一方、家業の先行きがままならぬ。日本酒市場が激変し、当時、幾多あった伏見の蔵元はざわめいていた。弱小の蔵元同士が合併して規模拡大に踏み切るか、大手資本に組するか、独立独歩で行くか。万兵衛は目の黒いうちに何とかしたいと思ってはいるが、妙案はない。結局、時代の流れに合わせて、婿の久夫(小林桂樹)が何とかするしかない。次代に譲る、心中、そう思っている。
その年も、妻の命日が巡って来た。
万兵衛たち小早川の一家は、母親の墓参りのあと、嵐山に出て料亭で食事をした。秋子と紀子の縁談のこともあって、大阪の北川夫婦も呼んでいた。
楽しい一日が終わり、皆がそろって伏見の家に帰ったその夜、万兵衛が心筋梗塞で倒れた。
名古屋に住む万兵衛の妹(杉村春子)、東京の弟(遠藤辰雄)も急きょ駆けつけたが、翌朝、万兵衛はけろっと元気を取り戻した。
さて、つねとの再会の話を。
出会った場所はなんと、京都の西にある向日町競輪場。万兵衛もつねも、競輪が好きであった。
それからは万兵衛は、家の者や番頭たちに気付かれぬよう内緒で、つねが住む祇園の家に足繁く通い始めた。
だが、これまでになく頻繁に外出する様子は、気づかれない訳がない。
盛夏のある日、大番頭に指示された番頭が、大旦那のあとをつけることになった。万兵衛が扇子片手に祇園界隈を軽やかに歩く様や、番頭の追跡をまくに路地を駆使する様は、いかにも通い慣れた様子。
その年の夏が終わる頃、二人はそろって奈良の競輪場へ出かけた。
一通り遊んだあとに、二人にとって懐かしい街 「大阪へ出ようか」 と言う万兵衛を制して、つねは祇園の自宅へ誘った。 そして、その夜、つねの家で、またしても万兵衛は倒れた。だが、これが彼の最期であった。

この映画の舞台である、伏見の蔵元や酒蔵が集まる街は、地図の緑線表示の京阪電車 「伏見桃山駅」 や隣駅 「丹波橋駅」 、ないしは赤線表示の近鉄京都線 「桃山御陵前駅」 下車の一帯にある。
もちろん、小早川は架空だからどこにあったかは分からない。現在もある蔵元・酒蔵は、地図に示すマーク。※1
小早川家まで聞こえて来る汽車の汽笛は、近くを走るJR奈良線(地図上の旧・国鉄線表示)だ。ちなみに嵐山の料亭で聞こえた汽笛は、旧国鉄の山陰線。
ここで、試みに大旦那・万兵衛の行動を追ってみる。映画では、移動交通手段は、ほぼ出て来ない。
まず、つねの自宅へは、「伏見桃山駅」から京阪電車に乗って「祇園四条駅」下車(13分※2)、徒歩で祇園へ通ったろう。
戦前、つねに会うため大阪へ行くのは、同じく京阪「伏見桃山駅」から乗車し大阪・淀屋橋(51分)に出たのだろう。帰りはタクシーだった時もあるようだ。つねは、大阪で酔っぱらった万兵衛をタクシーに乗せ、同乗して伏見まで送って来たらしい。(長女・文子の幼い頃の記憶) 都合、往復のタクシー料金。当時万兵衛は、とても羽振りが良かった。
19年ぶりに再会した向日町競輪場へは、市電か近鉄(10分)に乗って京都駅まで行き、JR東海道線「向日町駅」(8分)下車だろう。市電とは、かつて京都市電・伏見線が中書島を起点に、蔵元・酒蔵がある辺りの「大手筋駅」を経て京都駅まで走っていた(地図上で黒の点線表示)。1970年全線廃止。

最期の日、奈良競輪でのデートは、近鉄「桃山御陵前駅」から「平城駅」(41分)か「大和西大寺駅」で下車。「大阪へ出よか」と言った万兵衛の腹積もりは、「大和西大寺駅」から近鉄で大阪へ、だった。

もうひとつ感じることは、当時、蔵元の大旦那、若旦那ら旦那衆の営業先や接待の場は、京都よりも酒の大消費地・大阪だったんだろうということ。だから、万兵衛はつねに出会えた。もちろん旦那の皆さん、祇園でも さんざん遊んだことだろうが。
あとは、どうでもいいことだが、小早川の酒が映画に出て来ない。
番頭たちが座る事務所には、小さなこも樽 の白雪が置いてある。自宅でつねが、蔵元の旦那万兵衛に出す酒も白雪。これ、伏見の酒じゃない。婿の久夫(小林桂樹)の前掛けには、月の桂と大きく書いてある。こちらは、実在の伏見の酒。
事務所や家の中に、ラベルの無い一升瓶が並んでいる。憶測だが、ひょっとしてこれは、小早川はすでに自社ブランドの清酒販売を止めて、桶売りしているということか? つまり、ほかの清酒メーカーに小早川の原酒を売って売り上げを立てているのかな? ふと、こんなことも考えてしまう。
映画では、ビール・ジュース・ソースなどが、そのメーカー名が分かるように、こっちを向いている。酒も同じ扱いなのだと理解しているが、小早川って造り酒屋。
※1・伏見酒造組合 ~ 京都 伏見・城陽の酒蔵による組合公式サイト http://www.fushimi.or.jp/
ちなみに、伏見桃山駅あたりは、秀吉の伏見城の城下町。例えば、京都市電・伏見線の大手筋駅という駅名も、城下町ならではの駅名。また、桃山御陵前駅の御陵とは、明治天皇の陵、伏見桃山陵のこと。
※2・現在の所要時間。急行も利用。ただし、当時はより時間がかかったろう。

監督:小津安二郎|1961年|103分|
脚本:野田高梧、小津安二郎|撮影:中井朝一|
出演:中村鴈治郎:小早川万兵衛|原節子:長男の嫁秋子|新珠三千代:長女文子|小林桂樹:その夫・久夫|司葉子:次女紀子|島津雅彦:長女文子の息子・正夫|浪花千栄子:佐々木つね|団令子:つねの娘・百合子|杉村春子:万兵衛の妹・加藤しげ|遠藤辰雄:万兵衛の弟|加東大介:万兵衛の義弟・北川弥之助|東郷晴子:その妻・照子|白川由美:紀子の同窓・中西多佳子|宝田明:同じく・寺本忠|山茶花究:大番頭・山口信吉|藤木悠:番頭・丸山六太郎||内田朝雄:伏見の医者|森繁久彌:磯村英一郎|環三千世:大阪のホステス|笠智衆:農夫|望月優子:その妻|
しっとり京の街並み、その匂い。
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