映画「呼吸」  監督:カール・マルコヴィックス   2011年 オーストリア

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  冷たいけれど新鮮なそよ風が吹く、爽やかな映画だ。
  舞台はウィーン。ローマン・コグラー19歳は、少年院に服役して5年になる。
  孤児院で育ち、親を知らない。14歳の時、孤児院内でケンカをし、相手は病院で死亡。それ以来、少年院。

  少年院はすべて鍵のかかる小さな個室になっている。鉄の扉と鉄格子の窓とベッド、そして便器とテレビがある。
  現在は保護観察官が付いて仮釈放の身となっていて、外出はできるが門限があり、帰ってくると全裸になり法務教官の身体チェックを受ける。
  最近は就職活動している。世間を知らず、他人と折り合いをつけることができない無口なコグラーは、今まで何社か試用で働いてはみたものの、長続きしない。また会社側も色眼鏡で判断し、長続きしないだろうと、はじめっからタカをくくっている。
組1-0  ある日、保護観察官から手渡された新聞の求人広告に1社を見つけた。それはウィーン市の遺体安置所である。検死や埋葬の準備のため一時的に死体を預かり保管して置く場所だ。保護観察官から、そんな所で良いのかと言われたが、本人は勤める気であった。
  遺体を見る触るのは嫌であったが、相手は無口である。先輩のおじさんに虐められながらも徐々に仕事を覚える。
  病院から遺体を搬入する。個人宅へ遺体を引取りに行く。床にうつ伏せの遺体をベッドへ、この時初めて触れた。

  遺体の識別ラベルに、たまたま同姓の名を見た。見たことのない実母かという思いが一瞬、頭をよぎった。これをきっかけに、今まで考えもしなかったが、母親の電話番号と住所を調べ、そのマンションに行ってみた。
  それらしき女性のあとをつけ、そして名乗り出た。母は驚きながらも一緒にお茶を飲み、コグラーは母の家まで行った。
組2-0  数日後、母子ふたりは地下鉄のホームにいた。この時、彼は母に聞いてみた。どうして自分を捨てたのかと。
  「最善の策だった。」と母は言う。当時、彼女は我が子を育てる心の余裕が無かった、思い余って殺そうと手をかけた、その翌日に彼を孤児院に預けたらしい。コグラーは興奮しながらも黙って聞いていた。

  コグラーを小馬鹿にしていた遺体安置所の先輩は、真面目なコグラーに好感を持つようになってきた。喪服で現場に向かわなくてはならない案件で、コグラーはネクタイが結べない。結んだことがない。これを見ていて先輩は、無言で結び方を教えてくれた。棺桶を扱うコツも覚えたようだ。

  少年院からの仮退院を許可するか否かを判断する審理がある。コグラーは、今までに何回かこれに挑戦したが、斜に構えた態度で許可は下りなかった。しかし、今回やっと許可された。仮退院である。自分と向き合うことができたのだ。
  母との出会い、仕事を通して社会性を身に付けたことが彼にとって大きく影響した。仕事にも弾みが出てこよう。 これでコグラーは、新たなスタートラインに立てたようだ。
  ある日彼は、ある墓地にいた。初めて訪れたその墓は、ケンカして死んだ相手の少年の墓であった。

  川崎市市民ミュージアム主催の、『川崎市・ザルツブルグ市文化交流事業 「オーストリア映画フェア」』 にて観る。
  同時上映は、「カロと神様」 監督:ダニエレ・ブロスカー オーストリア 2006年。

下  


オリジナル・タイトル:Atmen (Breathing)
監督・脚本:カール・マルコヴィックス|オーストリア|2011年|93分|
撮影:マルティン・ゲシュラート
出演:ローマン・コグラー(トーマス・シューベルト)|ローマンの母親、マルギット・コグラー(カリン・リシュカ)|ローマンの保護観察官、ウォルター・ファクラー(ゲルハルト・リーブマン)|遺体安置所の同僚、ルドルフ・キーナスト(ゲオルク・フリードリヒ)|ほか


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