映画 「おそいひと」  監督:柴田剛

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  日ごろ温和な男が、無差別殺人を繰り返す。
  彼、住田42歳は、人前では「無口」で穏やかにほほ笑んでいる。そう見えた。

  住田は、会話が困難な重度脳性麻痺の障害を持つ。
  少しは立って歩けるが、街に出る時は電動カートに乗る。
  そんな重度の障害、思うようにいかない人生、心許せる人愛する人がいない孤独、発声が困難なため、指一本であいうえおのキーボードを押すトーキングエイド (携帯型発声装置) でしか話せない、コミュニケーションが「おそいひと」。

組1-0  ひとりで住む彼には、ふたりのヘルパーがいた。
  ベテランの中年女性と、アマチュアロックバンドのボーカルのタケ。タケとは毎日、住田と夕食を共にする親しい仲。飲み友達でもある。それなりの日々に見えた。

  ある日、大学生の敦子が住田の前に現れた。
  卒論のために介護の経験をしたいという。たどたどしい介護の様子、優しい対応に住田は惚れてしまう。住田は彼女をタケのライブに誘い、ライブ後の打ち上げでメンバーや取り巻き皆と飲んだ。席上、タケが敦子にちょっかいを出し、住田はそれを良く思わなかった。住田は、トーキングエイドに打ち込む。(コロスゾ) しかし、その声は騒々しい席でかき消されていた。
組2-0  住田にとって嫌なことが後日続いた。
  敦子が何気に言った言葉、「住田さん、普通の人間として生まれたかった?」
  続いて、これは住田が問題だが、敦子のもとへファックスでセックスしたいとメッセージを送ってしまう。これで敦子が去った。

  実は、住田は以前から心の闇を抱えていた。
  それは障害を持つ身ゆえか、あるいはもっと根源的なものか。
  タケとの夕食時に、住田はビールに薬を入れた。それを飲んだタケは、風呂で溺死。住田はこれを見届けて風呂にフタをした。

  以前から、人通りのない場所を探し目星をつけていた住田は、エスカレートしていく。
  筋力アップトレーニングを続け、ナイフを刺す腕力を身に付けていた。酔っぱらいを、ランニング中の男を次々に刺し殺す、馬乗りになってさらに刺す、無差別殺人。マスコミは恐怖の通り魔事件として騒ぎ始める。
  だが、その日、疲れ切って自宅に帰り着いた、全身血まみれの住田を、大勢の人間が見てしまう・・・。

  住田役の素人俳優は、実際に会話が困難な重度脳性麻痺の障害を持つ方。   
  健常の俳優が演技していれば、ここまでの深みは出て来ない。
  障害者を一見、突き放しているような立ち位置が、表現者としての誠実さや確かな見識を伝える。
  見方変えれば、現に障害ある人が、障害を持つ悪役主人公として出演するということ自体がドキュメンタリー。
  ただ残念なのは、トーキングエイド通しての僅かなセリフ、表情の変化が乏しいなど仕方ない制約があるためか、日常の中に闇の心理を持つ男の両面がうまく表現できていない。つまり、前半が日常、後半から闇といった感じで、一体であるはずの表裏が分離されて映し出されるため、後半から急に悪人になったの?と感じるきらいがある。それは住田氏というよりも、監督の技が至らないがため。たしかに、カートに乗り街をうろついて襲う場所を探すシーンはあるんだが・・・。次作を期待したい。

  フランス映画で、骨形成不全症の障害を背負っていた、著名なジャズピアニストのミシェル・ペトルチアーニ(故人)のドキュメンタリー映画 「情熱のピアニズム」 というのがある。(一夜一話で取り上げました。こちらからどうぞ。)
  映画館には、ジャズ好きでもない客が見受けられた。「異形見たさ」なんだろう。
  同じくフランス映画で 「潜水服は蝶の夢を見る」 がある。(こちらかからどうぞ。)
  全身麻痺の難病になった会話不能の主人公を演ずるのは、健常者の俳優マチュー・アマルリック。だが、よく出来ている。作り手の見識が伝わってくる映画です。  
  

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英語タイトル:LATE BLOOMER (遅咲き、晩成型の人)
監督:柴田剛|2004年|83分|
原案:仲悟志|撮影:高倉雅昭、竹内敦|
出演:住田雅清(住田雅清)|敦子(とりいまり)|タケ(堀田直蔵)|彩(白井純子)|住田の先輩で同じく障害者の福永(福永年久)|介護の中年女性(有田アリコ)|

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やまなか
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