「人はなぜ逃げおくれるのか-災害の心理学」・「ニッポンの個人情報」・「紋切型社会-言葉で固まる現代を解きほぐす」  ・・・最近読んだ本。

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  最近読んだ本から3冊、とりあげてみました。

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「人はなぜ逃げおくれるのか-災害の心理学」 
                広瀬 弘忠 (著) 集英社新書
  地震・洪水・土砂崩れ・噴火といった自然災害に加えて、火災・テロ・MERSやエボラ・原発事故・船の転覆など、世の中、危険は増すばかりだ。
  ところが、我々の心は、予期せぬ異常や危険に対して、ある程度、鈍感に出来ているらしい。なぜなら、外界の変化に常に反応していたら、神経が磨り減ってしまうからである。このある程度の鈍感さを 『正常性バイアス』 という。つまり、少々のことなら正常だと自分自身にバイアスをかける。本能メカニズム。しかし困ったことに、この正常性バイアスが、身に迫る危険を危険として捉える事を妨げ、危険回避のタイミングを奪ってしまうのだ。
  例えばこの事例。小さな洪水が起こり警報が出されたが危険はなかった。次に洪水警報が発令されるも、今度も小さいだろうと高をくくっていたら、そこへ大洪水が襲う事態に。
  加えて、日ごろの安全に慣れ切って、危険に鈍感な現代人は、危機に直面しても、それを「感知」し素早く行動する能力が劣ってしまった。
  よって以上のことから、避難の指示や命令が発令されても、避難する人の割合は50%を超えることはほとんどないらしい。筆者は、冒頭に例としてあげているのは、死者200人近くの犠牲をもたらした2003年の韓国地下鉄火災だ。今なら、セウォル号のフェリー転覆事故を例とするかもしれない。
  もうひとつ重要な問題は、施設管理側が客のパニックを恐れるあまり、「ボヤです。建物の反対側からの火事ですから、危険はありませんが、避難してください。火が消えましたら、またショーを続けます。」といった風に、客に対して騒ぎをソフトランディングさせたい意識と曖昧な指示だ。この指示を聞き流す客、ゆっくり避難し出す客。そこへ突如、黒煙が室内に噴きこんでくる惨事。危険は実際よりも過小評価される。そして第4章にある、指示出し側のパニックに対する警戒意識だ。
  この本は新書だが、その内容は多岐に渡って書かれている。日本では、多くの死者をだした災害や事故の被災者被害者は、生き残ったことを恥じる申し訳ない気持ちが他国よりも強いらしい。生きのびた人を喜ばしく誇らしく意味する、英語のサバイバーに該当する日本語がない、という指摘が第5章にある。また、どんな人が生きのびるのか、などの考察も読んでおきたい。
【目次】                            
(プロローグ) 古い「災害観」からの脱却を目指して
第1章 災害と人間 
第2章 災害被害を左右するもの
第3章 危険の予知と災害被害の相関
第4章 「パニック」という神話
第5章 生きのびるための条件
第6章 災害現場で働く善意の力
第7章 復活への道筋
(エピローグ) 「天」と「人為」の挟間に生きる人間として

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「ニッポンの個人情報  
    ~個人を特定する情報が個人情報である と信じているすべての方へ」
                 鈴木 正朝 、高木 浩光、山本 一郎 (共著・鼎談) 翔泳社
  個人情報ってなんだっけ。・・・・・・・・・・・・・・・・
  例えば、氏名・生年月日・連絡先は、特定の個人を識別するために用いられる情報とは言えるが、これだけが個人情報というわけではない。
  個人情報とは、特定の個人を識別可能とする情報と、当該個人の属性情報からなる「ひとまとまり」の情報の集合物である。(下記※1)
  つまり個人情報とは、特定の個人を識別可能とする情報(氏名、生年月日、連絡先など)だけではなく、当該個人の属性情報(出身大学名、勤務経歴、ビデオをレンタルしたそのタイトル名、図書館で借りた書籍名など)、これらも「個人情報」だと、個人情報保護法は定義している。(下記※2)
  だから、個人を特定する情報=個人情報ではない。
  さらには、自分の属性情報のうち、何を知られたくないかは人によって違うので、立法の趣旨としては、その属性情報全部が個人情報と言わざるを得ないのだ。
  だが、Yahoo!JAPANのトップページ画面の一番下にあるプライバシーポリシー(下記※3)では、プライバシー情報を、「個人情報」と「履歴情報および特性情報」に分けて、あたかも「履歴情報および特性情報」は個人情報ではないと言いたいようだと、この本は言っている。また、下記※2にある個人情報保護法の条文が、間違った解釈を誘いがちな文になっていることも本書は指摘する。
  次に、匿名化の話。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  さて、じゃ、個人を特定する情報+その属性情報からなる個人情報から、氏名、生年月日、連絡先などの個人を特定する情報を分離し匿名化すれば、それは個人情報ではなくなるのか?
  例えば、週3日以上ワインを飲んでいるか、の記名アンケート結果集計があったとしよう。佐藤一郎・飲む、鈴木和子・飲まない、高橋次郎・飲む・・という膨大なデータだが、氏名を記号に置き換えてこのデータを匿名化すると、これは個人情報ではなくなるのか?
  答えはNOだ。氏名と記号が一対一で対応できる表を手元に持っていれば、匿名化したデータであっても、それは個人情報だ。(2004年消費庁見解)
  なぜなら、個人情報とは何かという個人情報保護法の定義条文に、このことを指す記述があるからだ。(※2の条文最後のカッコ部分)  
  もちろん、対応表を捨ててしまえば、何も問題はない。ただ、それを捨てたか否かは、我々には知らされない。
  漏えいの問題。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  人がやることにミスや失敗は必ずある。だから、個人情報の漏えいは、無くならない。
  だが一番の問題は、悪意ある個人情報取集者が、漏えいした情報、あるいは漏えいさせた情報を、コツコツ蓄積していること。
  さまざまなところで漏えいした情報は、その内容はてんでバラバラだが、集積し名寄せでつなぎ合わせると、実に精緻な情報となっていく。とりわけ旅券番号など信頼性の高い情報が加われば、雑多な個人情報がさらに価値の高い情報に変わる。(第5章) 

  個人情報にかかわる問題は、とても複雑で面倒だ。我々は、ビッグデータをどう考えればいいのか。個人の属性情報には、カルテや健康診断結果やDNA情報など医療情報もある。個人情報が、法にのっとって厳格に運用され、かつ我々にとって適切に運用され、我々も利用できれば、今までになく便利なことではある。
  以上のように、個人情報にかかわる問題は、我々自身に直接関わる大事な問題だ。誰もが、そう感じながらも、今は、ただながめているだけなのかもしれない。筆者たちは、問題を明白にし無自覚な我々に警鐘を鳴らすと同時に、個人情報の活用にも言及している。そして筆者たちは、山積する諸問題と活用の間で苦悩している。
  
 ※1:「行政機関等個人情報保護法の解説」の16ページ(総務省行政管理局監修 株式会社ぎょうせい 2005年発行)
    下記の個人情報保護法が言う「個人情報とは何か?」を解説している。

 ※2:個人情報保護法の「個人情報」の定義・・・(個人情報の保護に関する法律 第一章総則)
   定義・第二条より、条文そのままを、以下転載。
   『この法律において 「個人情報」とは生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により 特定の個人を識別することができるもの (他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。』
   多くは、下線部だけを読み取っているがために間違った解釈をする。
   「その他の記述等」とは、連絡先など個人を特定する情報以外に、当該個人の属性情報も含まれているのだ。
   条文は、あくまで例を記しているだけ。この部分が、実に読み取り難く誤解を生んでいる。

 ※3:Yahoo!JAPANのプライバシーポリシー(第2章 プライバシーポリシーより転載)
   『プライバシー情報のうち「個人情報」とは、個人情報保護法にいう「個人情報」を指すものとし、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日、住所、電話番号、連絡先その他の記述等により特定の個人を識別できる情報を指します。
   プライバシー情報のうち「履歴情報および特性情報」とは、上記に定める「個人情報」以外のものをいい、ご利用いただいたサービスやご購入いただいた商品、ご覧になったページや広告の履歴、お客様が検索された検索キーワード、ご利用日時、ご利用の方法、ご利用環境、郵便番号や性別、職業、年齢、お客様のIPアドレス、クッキー情報、位置情報、端末の個体識別情報などを指します。』
【目次】                                           
第1章 「個人を特定する情報が個人情報である」と信じているすべての方へ
第2章 Suica履歴は個人データでした
第3章 そんな大綱で大丈夫か?
第4章 だまし討ち、ダメ。ゼッタイ。
第5章 漏洩が問題なのではない、名寄せが問題なのである
第6章 見えないと、不安。

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「紋切型社会-言葉で固まる現代を解きほぐす」
                        武田 砂鉄 (著) 朝日出版社
  面白い本。ロックミュージックで言えば、シンガー&ソングライターの1st.アルバムのような、ビビッドな良さを感じる。筆者が繰り出す勢いある啖呵の連発が楽しめます。
  言葉に鋭敏な著者は、最近、世の中で頻繁に使われるパターン化した言い回し、受け売り的な言葉の使われ方を列挙しながら、その裏に隠された実態を解きほぐし、言葉の使い手と受けて側との間で生じる硬直化した関係性の危うさや力関係を暴き出す。
  取りあげる事象は多岐に渡る。政権や行政府が語る言葉使い、ニュースリリースの文言を単に組み替えるだけでメディアが発信する横並び情報と、批評という異物の排除、就活面接での空しいやりとり、アイドルグループの仕掛けが繰るもの、SNS上のやりとり、東大卒の権威的話法、ジャイアンとスネ夫の関係性、WINとWINの排他性、検索され続ける怖さからネットメディア自らが言動を自重する風潮、などなど。
  筆者は言う。「自らの想いを表わすのに、言葉ほど便利なものはない。しかし、便利だからといって既存の言葉に仮託しすぎてはいけない。どこまでも自由であるべき言葉を紋切型で拘束する害毒をほじくり出してみたかった。」
  日ごろ、ニュースを見聞きして、何かしらの違和感を感じている方が本書を読むと、その違和感の出所の実態を、解像度を上げ鮮明に見せてくれる。
  本書で述べられる世の症状と通底することを、ことジャーナリズム業界に絞って書かれた本に、「ジャーナリズム崩壊」(上杉隆・著)や「報道の脳死」(烏賀陽弘道・著)があった。この記事はこちらからご覧ください。  
  ちなみに、日ごろ映画評を見ていても、本書で書かれていることを感じます。  
【目次】                                        
(はじめに)
「乙武君」………障害は最適化して伝えられる
「育ててくれてありがとう」………親は子を育てないこともある
「ニッポンには夢の力が必要だ」………カタカナは何をほぐすのか
「禿同。良記事。」………検索予測なんて超えられる
「若い人は、本当の貧しさを知らない」………老害論客を丁寧に捌く方法
「全米が泣いた」………〈絶賛〉の言語学
「あなたにとって、演じるとは?」………「情熱大陸」化する日本
「顔に出していいよ」………セックスの「ニュートラル」
「国益を損なうことになる」………オールでワンを高めるパラドックス
「なるほど。わかりやすいです。」………認め合う「ほぼ日」的言葉遣い
「会うといい人だよ」………未知と既知のジレンマ
「カントによれば」………引用の印鑑的信頼
「うちの会社としては」………なぜ一度社に持ち帰るのか
「ずっと好きだったんだぜ」………語尾はコスプレである
「“泣ける”と話題のバラード」………プレスリリース化する社会
「誤解を恐れずに言えば」………東大話法と成城大話法
「逆にこちらが励まされました」………批評を遠ざける「仲良しこよし」
「そうは言っても男は」………国全体がブラック企業化する
「もうユニクロで構わない」………ファッションを彩らない言葉
「誰がハッピーになるのですか?」………大雑把なつながり
(おわりに)
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やまなか
Posted byやまなか

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