最近読んだ本。「闇に消える美術品」・「美術品はなぜ盗まれるのか」
2016年02月04日 公開
『闇に消える美術品 ~ 国際的窃盗団・文化財荒らし・ブラックマーケット』
エマニュエル・ド・ルー、ロラン=ピエール・パランゴー (著) 東京書籍 (2003年)
我々一般が、うかがい知れない美術マーケットの裏側を教えてくれる本。筆者はフランス「ル・モンド」紙の記者。
大手オークションハウスの強力な販売方針で、美術品は富裕層の投機的な商品となった。もちろん、大手美術館も個人コレクターも収集に意欲的だ。
だから、美術品を金儲けの手段としか考えない人々が大勢、マーケットに群がる。窃盗、盗掘、海底からの引上げ、隠匿、密輸、密売、仲買。しばしば、麻薬シンジケートのルートにも乗る。アルカイダによる遺跡・博物館の破壊、強奪。美術品市場を汚染する犯罪は後を絶たない。
国家間の法律の不一致のすき間をすり抜け、盗難美術品は世界をめぐる。闇から闇へ、時に浮上して昼の世界へ。各国の警察・税関、保険会社、画廊、美術商、競売会社を経て、美術館、個人コレクターに至る。
一般的に、美術作品の真贋は確認されるが、その「出所」は必ずしも明らかになるとは限らないらしい。これには驚く。
アート・ロス・レジスターという10万件以上におよぶ紛失美術品のデータベースがある。その内容は例えば、ピカソの盗難点数320点、ミロ264点、シャガール230点、ダリ148点、アンディ・ウォホール109点、・・・・。
バブルの最中、日本にも多くの美術品が闇ルートで入って来た。
1996年、日本のある大手銀行から、金庫に保管している1000点の絵画についての調査依頼が、アート・ロス・レジスターに入った。調査の結果は、金庫目録上では総額数十億ドルを上回っているが、調べでは14億ドルのものだった。このように、美術品が闇から昼の世界に浮上する前に、大勢のペテン師は闇市場で大金を素早く稼ぐ。
かつて、現地の人々を動かせて、アフリカ・アジア・南米から、ほぼ勝手な発掘で持ち出した美術品。
美術館には辣腕の弁護士がついている。トルコ政府が自国の文化遺産を取り戻すため、「これはモラルの問題だ」と裁判に訴えたが、メトロポリタン美術館の弁護士は言う。「美術館にあるものは全てこちらのものだ。」 こういう姿勢だ。
などなど、マーケットの広範なシーンを俯瞰できる。

序説:(スーラの)「辻馬車の馭者」はどこへ消えた
1 盗品隠匿人たちの大舞踏会 フランス・オランダ・ベルギー
2 ルーヴルのミステリー フランス
3 シャトーに伸びる黒い手 フランス
4 アマチュアの失敗 ローマ・ニース・パリ
5 「将軍」の死 アイルランド
6 密売人、悔恨の告白 キプロス
7 アフリカの巨大マーケット マリ・トーゴ・ニジェール・ナイジェリア
8 ワルテルとワッケロス ペルー
9 香港、この巨大な倉庫 中国
10 南シナ海の宝探し フィリピン
11 カブール博物館の死 アフガニスタン
12 石造神の虐殺 カンボジア
13 メトロポリタン美術館の地下倉庫 トルコ・アメリカ
14 コンピュータ探偵 イギリス
15 ユニドロワの戦い スイス
◆欧米の美術館は、競うあうようにして、高価な美術を収集し続けている。だから、そこから盗み出す。
だが、それを、探偵小説を読むように面白がっていてはいけないと、『美術品はなぜ盗まれるのか』 の著者は言う。(下記)
『美術品はなぜ盗まれるのか ~ ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』
サンディ ネアン (著) 白水社 (2013年)
1994年、テート・ギャラリー※が所有する、ターナーの著名な作品2点が、貸し出し中のフランクフルトのシルン美術館から盗まれた。本書は、この事件の顛末を振り返る本。絵画が再び戻ってくるまでに8年半の歳月がかかった。
著者は、当時テイトの学芸員で、シルン美術館へ貸し出しの責任者であった。事件の内容が詳細に書かれていて、美術品の盗難事件とは、一体どういうことなのかが分かる。
盗まれた著名な美術品は、一般的には売却が困難なため、犯人は保険会社や美術館、コレクターに「身代金」を要求してくる。しかし、身代金は犯罪組織に多額の資金を与えることになり厳格に禁止されている。一方で、情報提供者に対する謝金は高額化している。テートは情報提供者に5億円(当時)を支払っている。しかし事件は、支払って終りというような事では全くなかった。
捜査に当たっては、英国ドイツ両国の、それぞれ複数の組織が関係し事が複雑になっている。文化メディアスポーツ省、ロンドン警視庁(捜査員)、財務弁護局、チャリティ委員会(判事)、ドイツ側はフランクフルト警察・検察局、同局検事長・副検事・検事3人、ドイツ連邦刑事局、バイエルン警察。加えて、盗難作品をコントロールしている二つのグループ。(本書のカバー裏に登場する主な人物一覧がある。探偵小説のようだ。)
売却が困難にもかかわらず、著名な美術品の盗難は後を絶たない。カンヴァス1枚が何十億もの価値があり、よって美術品は、闇の世界の麻薬や武器の違法取引時に、札束の代わりとして、あるいは担保となっている。テート事件で最終的に絵画を所持していた者は、バルカン地域の地下組織と推測されている。
(本書第7章から) 盗難美術品のおよそ90%は、二度と発見されないらしい。
(本書第6章から) 「過去50年間の著名な高額美実品の価格と現代相当金額」の表から (金額は2009年時点円換算)
高額な順位でみていくと・・・・
(1位)638億円 1962年ルーブル美術館「モナ・リザ」、(2位)155億円 2008年サザビーズにてダミアン・ハーストの現代美術作品、(3位)134億円 2006年ジャクソン・ポロックの現代美術作品、(4位)122億円 クリスティーズにてゴッホ「医師ガシェの肖像」
※テイト(テート・ギャラリー)
英国政府が持つ英国美術コレクションや近現代美術コレクションを所蔵・管理する組織。

(第一部)
第一章 ターナー二点、フランクフルトで盗まれる(1994年)
第二章 迷走する捜査、保険会社との折衝(1994~2000年)
第三章 《影と闇》を取り戻す(2000~2001年)
第四章 ターナーをテートの壁に(2002~2003年)
(第二部)
第五章 美術館の倫理観
第六章 美術品をめぐる価値
第七章 動機から見た美術品盗難事件の歴史
第八章 小説・映画に描かれる美術品泥棒と探偵たち
第九章 美術品盗難をどう防ぐか
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