映画「貸間あり」 主演:フランキー堺、淡島千景 監督:川島雄三
2016年06月22日 公開


主人公の五郎(フランキー堺)を軸として、芸達者な俳優たちによる、息の合った素晴らしい群像劇が展開されます。
ですが、喜劇映画を期待すると肩透かしを食らうかもしれません。何故かと言うと、ドタバタでおかしいのですが、余り笑えない変な映画なのです。
あるシーンでは、あらかじめ緻密に計算されたスラップスティック・コメディが、ドミノ倒しのように連続するのが観られます。また、しつこいくらいに繰り返されるギャグもあります。加えて、瞬発的で突飛な言動がシーンのあちこちで飛び交います。ただし、そのどれもがアドリブではなく、また上方漫才のような馴れ合い的な笑いでもない。
さらには、このスラップスティック・コメディやギャグ、その多くは、お話の展開に組せず、そのシーンのその場においてその場限り、あまり意味を持たせていません。よって総じて、突飛で奇異な印象を受ける向きもあろうかと思います。前衛的と言えるかもしれません。私は、ロシア映画 「フルスタリョフ、車を!」をちょっと連想しました。※
お話も一風変わっています。
通天閣がすぐそこに見えて、大阪の街を眼下に一望できる高台に、底辺で生きる人々が住んでいます。
そこは土塀に囲まれていて、屋敷門と広い玄関があり、かつては立派なお屋敷だったようです。しかし今は空襲を免れたボロ屋敷。とは言っても大きい家です。アパート屋敷と称している。この屋敷の各部屋に借家人たちが住んでいます。隣りの部屋との境がふすま越しの部屋もありますし、五郎(フランキー堺)は二階の広い洋間にいます。借家人のひとり、お千代(乙羽信子)の送別会をした大広間もある。

屋敷の土間でこんにゃく製造の作業場を持つ洋吉(桂小金治)、屋敷内で骨董店を営む老人・宝珍堂とその若い妻で性的欲求不満のお澄、愛人稼業で生計を立てている・お千代(乙羽信子)、エロ写真売りのハラ作(藤木悠)、自称・保険屋の野々宮(益田喜頓)、塗り薬を発明し売出そうとしている熊田(山茶花究)と彼が庭で飼う蜂の一群、洋酒密売で儲けている明るくエネルギッシュで厚かましい女(清川虹子)、化粧品販売員の女(市原悦子)と愛する無職の夫。これに加えて、借家人たちの食事の世話をするスットンキョーな賄いのおミノ(浪花千栄子)、御隠居の大家。
ここは底辺の人びとの梁山泊とも言えるかもしれません。
そして映画冒頭、この梁山泊に、江藤実(小沢昭一)という学生が、五郎(フランキー堺)を訪ねてきます。
江藤実は五郎に大学受験の代行をして欲しい。まずは予備校の模擬試験の受験代行を、と言う。五郎は渋々これを引き受けることになる。五郎は金に困っている。
さて、これらの人びとを背景にして、フランキー堺、淡島千景の二人が主役を演じます。
ボロ屋敷の借家人・五郎(フランキー堺)が住む洋間には、大きなアマチュア無線機、タイプライター、放送局用テープレコーダー、足踏みオルガン、和太鼓、天体望遠鏡、ミシン、地球儀、書籍などが所狭しと置いてある。
五郎は物知りでインテリで器用貧乏を絵に描いたような男。どうすれば何々になれるかの、「どうすればシリーズ」全50巻の著者で、英仏独露の翻訳、懸賞小説の著述代行屋で、受験準備指導。そして大学受験代行のように他人に頼まれればなんでも引き受けてしまう気性。

ま、要するに、お人好しで気安く引き受けて、うまくこなせてしまう。でもどれも、片手間。これが彼の悩み。男として本業も無く、これで良いのか? 内心、忸怩(じくじ)たる思い。
そんなある日、五郎「先生」のもとにユミ子(淡島千景)がやって来た。陶芸の美術品カタログの制作を先生にお願いしているらしい。ユミ子はモダンな作品を得意とする陶芸家で、街中にオシャレな陶芸ショップを開いている。一本筋の通ったキャリアある独身女性だ。
このユミ子が、ボロ屋敷に住むことになる。長年、空いている荒れた部屋に、だ。 なぜ? それは、屋敷内の庭に陶芸窯や作業場が作れること。もうひとつの理由は、五郎先生のお傍に・・・。
もちろん、五郎もその気だし、ユミ子がそう思ってくれることが嬉しい。だが、器用な彼が一番に苦手とするは、好きだと素直に言えないこと。確かに、その方面では初心そのもの。そしてさらに五郎が悩むのは、さしたる本業を持たずフラフラしている自分自身の情けなさ。何としても、今の自分から早く脱却しないと、ユミ子さんに好きだと言えない。彼はそう思っている。
結局、勝ち気なユミ子は、大学受験代行のため九州へ出かけた五郎を追いかけて、彼が泊まる旅館へと向かいます。だが、それを知った五郎は逃げます。旅館の長~い廊下を出口に向かって一目散に五郎は逃げて行きます。それはまるで、映画 「幕末太陽傳」 の居残り佐平次(フランキー堺)のように。
お話の組み立ては、起承転結を期待するとガッカリするかもしれません。たくさんのエピソードは散らかったままです。だからと言って粗雑な作りの映画じゃありません。実に凝った映画です。
そして、この映画の見どころは、芸達者な俳優たちによる、息の合った素晴らしい群像劇です。そして、喜劇という手法を使って、(真正面から描くシリアスな映画では出来ない・・・)、斜めの視点から、喜怒哀楽の底辺でうごめく人びとの闊達(かったつ)さを描いているのだと思います。天下一品です。
※ロシア映画 「フルスタリョフ、車を!」 (1998年) 監督:アレクセイ・ゲルマン
「貸間あり」では、ボロ屋敷に住む住人たちが次々に登場し、カメラの前に現れます。その場限りの奇異な会話やギャグがあります。五郎の部屋に置いてあるモノは、昭和34年当時の一般家庭のモノと比べて奇異です。こんなことが私に、「フルスタリョフ、車を!」を連想させました。もちろん、そのスピーディさ・えげつなさは「フルスタリョフ、車を!」の方がはるかに凌いでいますが。 「フルスタリョフ、車を!」の記事はこちらから。

原作:井伏鱒二|脚色:川島雄三 、 藤本義一|撮影:岡崎宏三|
出演:フランキー堺:与田五郎|淡島千景:津山ユミ子|乙羽信子:お千代|浪花千栄子:おミノ|清川虹子:島ヤスヨ|桂小金治:洋さん(谷洋吉)|山茶花究:熊田寛造|藤木悠:ハラ作(西原作一)|小沢昭一:江藤実|市原悦子:宣伝カーのウグイス嬢で化粧品販売員の高山教子|加藤春哉:その夫・高山彦一郎|渡辺篤:骨董屋の宝珍堂|西岡慶子:その妻・お澄|益田キートン:保険屋の野々宮真一|沢村いき雄:ボロ屋敷の大家で御隠居|加藤武:小松|西川ヒノデ:岸山|長谷川みのる:刑事|津川アケミ:登勢|中林真智子:女店員|頭師満:宏|宮谷春夫:四方山|青山正夫:菩提寺|守住清:地廻り|楠栄二:記者|
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