映画「愛と希望の街」 監督:大島渚
2016年07月06日 公開

正夫の一家3人

主人公の正夫の家は、川崎駅前で靴磨きをする病弱な母と、知的障害の妹の一家三人。
正夫は中学三年生。卒業すれば就職して家計を助けたいが、母親は息子を是非にも全日制の高校へ行かせたい。そして、一家してこの街を出たい、と言う。
つまり、高校を卒業して息子にいい会社に入ってもらい、いい給料を得て生活レベルを向上させたい。それまでは、なんとか靴磨きの仕事を続けるつもり。しかし、ここんところ、せきが止まらず、靴磨きを休みがちだ。(その上、中学修了すると生活保護は支給されない。)
正夫は成績が良いらしい。だから、担任の女性教師・秋山先生も、彼を高校へ進学させてやりたいと考えるが、母親の体調を思う正夫の気持ちを汲めば、就職して定時制高校に通うということになるかと思っている。それなら、何とかいい就職先を世話したい。けれど、彼の進路について、母子の意見が合っていないのは、どうしたものかと悩んでいる。
学生服の正夫の足元に木箱、その中にハトが 2羽

正夫は売るのをやめたいが、母は彼の言う事を聞かない。それほど家は貧しい。しかし、売る鳩は妹がペットにしている鳩なのだ。
正夫の気持ちはふたつ。妹の悲しい顔を見たくない。もうひとつは、新しい飼い主が買った鳩を誤って逃がしてしまい、それが正夫の家に舞い戻ってくることがある。妹は喜ぶが、それをまた売る。正夫は後ろめたさを感じている。
ある日、川崎駅前を通りがかった京子という高校二年生が、正夫の鳩を2羽700円で買った。なぜ鳩を売るの? お金が欲しいから。これを機に京子は、ぎこちない様子で鳩を売る、世慣れていない中学生に対して、好奇心を持った。京子は貧しい人と間近に接するのは初めてだったのだろう。ピュアな救済の気持ちが沸き起こる。
京子の家は富裕層。父親はテレビなどを製造する大手電気メーカー・光洋電機の役員で、館のような大きな家に住んでいる。京子の兄の勇次も父親の会社に勤務している。幸せな家庭だが、京子の弟は病に侵され入院中、そしてこの家に母はいない。
その後、京子は秋山先生から正夫の家の窮状を知ることになり、京子は父親に光洋電機で正夫を採用してもらえないかと頼んだ。秋山先生は自校にも採用の門戸を開いて欲しい※と思い、京子の紹介で光洋電機を訪ね、京子の兄・勇次と労務課の上司に面会するが、当社は地元の中学からは採用しないと断られた。
この時から勇次は、楚々として見識ある秋山先生に好意を持つようになった。そしてこのことから、勇次は妹・京子の肩を持ち、父親を説き伏せて地元採用を試みることとなった。
しかし正夫は採用試験を受けるが不採用となる。試験はうまく出来たと聞いていた秋山先生は慌てて勇次に詰め寄る。不採用の理由は、(テストの成績が悪かったわけではなく) 身元調査の結果が悪かったと言う。帰って来た鳩をまた売るという詐欺まがいの行為があったという調査報告が不採用の理由だと言う。秋山先生も京子も、会社の非情を思うと同時に、そんなことをする正夫に裏切られた気持であった。秋山先生は正夫の家に出向き、正夫を非難した。
このことで、勇次と先生の関係はギクシャクして終わりを告げ、正夫の母親は鳩を売ることを息子に強いたことを悔んだ。
しかし、正夫はめげることない様子であった。とりあえず正夫は、近所の人が数人勤める小さな町工場で働くことになった。母親は、あんな工場(こうば)で息子を働かせたくなかったと嘆く。先生を怒らせのだから、もう進路指導はないと思う正夫は、卒業後も、その工場で働くのだろうか。
光洋電機への受験チャンスは、正夫にとっても秋山先生にとっても偶然の棚ボタ話であった。しかし先生や中学校は、正夫の就職をしっかりフォローしなければならないはず。裏切られた思いはあるにせよ、秋山先生は正夫の卒業までに、いい就職先を見つけてあげるのだろうか。また、この先、一家はあの街を出ることが出来るのだろうか。
正夫と母 (上) 家の裏手はドブ川が流れる (下)

採用時の身元調査はたいがい、地域事情に詳しい地元警察のOBが、企業から請け負って行われることが多い。まずは本人や家族などの犯罪歴を確認し、一方で調査対象の近隣を見て回り、どんな人柄ですかなどと周辺で聞き取りをする。鳩のことは近所の誰かから聞いたのだろうが、通常、現実にはこれ位のことで詐欺行為をしたとして、不採用とはしないし出来ないだろう。
だが、しかし、勇次は母子家庭が理由ではないと言うが実は、住んでいる所が下層の人びとが集まる街であることを会社側が嫌い、不採用にしたと思われる。(たぶん会社側は犯罪や部落問題や在日コリアンの問題などのいざこざを想定し、これを避けようと意識している。)

このように、この映画は正夫の進路を題材にして、貧富の格差と、企業の倫理観や社会的責任と、生活や雇用に対するセーフティーネットについて問題提議する作品である。
今となっては、体制/反体制 (資本家・ブルジョア/労働者階級) といった怒りの構図を抜け出して、もうすこし冷静にこの作品を観る必要があると思う。
ちなみに、秋山先生が正夫の家に出向き、鳩の件を詐欺まがいだと正夫を前にして非難したのは残念だ。
京子は、「もう絶対にあんたの所には帰らないから!」と言いながら、正夫の家に逃げ帰った鳩をもう一度、正夫から買った。そして、京子は家に帰り、この鳩を殺してほしいと勇次に頼む。ふたりはベランダに立ち、京子が放った鳩を、失恋した勇次は猟銃で撃った。このラストシーンは視覚的には確かにドラマチックだが、「悪くなった原因は鳩だ」として、ことの問題点を鳩にすりかえる姿勢が気に入らない。
さらにだが、映画の中の光洋電機がそうであるように、当時、企業が中卒を採用するにおいて、東北など地方での採用に意欲的である一方、※地元川崎など大都市部での採用を行わないのは、都市部の生徒の方が (地方の生徒よりも) やっかいな問題を抱え込んでいる可能性が大きいと、企業が考えていたからだ。
正夫の就職に関する問題点のひとつは、ここから始まっている。一方で、あの街を出て暮らしたいと願う正夫の母親は、世間の本質をとらえていたと言える。
小雨降る日、京子は正夫の家を訪ねた。
その帰り、カサをさし、ふたり並んで歩く姿をアベックだと、はやし立てられる。
ふたりは、はやした少年たちを カサを振り回して追い払った。 「私、ケンカは初めて!」
ふさぐ心が解き放たれ、互いに大声で笑い合った。京子も泥だらけ。

撮影:楠田浩之
出演:正夫(藤川弘志)|その母・くに子(望月優子)|正夫の妹・保江(伊藤道子)|高校二年生の京子(富永ユキ)|その兄・勇次(渡辺文雄)|正夫が通う中学の先生・秋山(千之赫子)|泰三(坂下登)|久原(須賀不二男)|笹島(川村耿平)|いさ子(瓜生登代子)|矢野(土田桂司)|きん(秩父晴子)|大塚(高木信夫)|労務課長(土紀洋児)|
京子と正夫と秋山先生 川崎駅前にて

【 京浜工業地帯を舞台とした映画 】 ~これまでに記事にした映画から。
タイトル名をクリックしてご覧ください。
「喜劇 女は度胸」 監督:森崎東 主演:倍賞美津子、沖山秀子、渥美清 (1969年) ・・・羽田 (東京都)
「煉瓦女工」 監督:千葉泰樹 (1940年) ・・・鶴見 (横浜市)
「めぐりあい」 監督:恩地日出夫 主演:酒井和歌子 (1968年) ・・・川崎
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