映画 「自由はパラダイス」  ソ連映画  監督:セルゲイ・ボドロフ

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 少年の一人旅ロードムービー。詩情ある、いい映画です。

1-0_20160726130732cb8.png サーシカ13歳は、カザフ・ソビエト社会主義共和国のアルマ・アタにある孤児院で育ち、今は第七特殊学校 (少年院) にいる。
 ある日サーシカは父に会いたくて、その特殊学校を脱走した。

 そして、長距離バスに乗り クラーヴァおばさんの家を訪ねたが、父親の行方は知らないと言う。
 とりあえずサーシカは食事をもらいここで一泊したが、翌朝、警察が来て彼は署へ連行された。そこで取り調べがあり、その時サーシカは父親の居場所を知る。父親はロシア北西にあるアルハンゲリスクの刑務所に入っているらしい。そこは、遙かな地だ。(
 まもなく学校の職員が来て、サーシカは特殊学校の塀の中へ連れ戻された。

 だが、サーシカは諦めない。
 再び脱走し、今度は、父親の馴染みであった娼婦の家へ行き、金をもらった。次の日、彼は貨物列車に乗ってある駅に着いたが、またもや警察に捕まり、現地の特殊学校に臨時収容される。しかし、機転を利かした奇策で、サーシカは危機を免れる。

 もらった金で彼は北へ向かう列車に乗った。車中、サーシカは乗客の財布を狙ったが、その男に捕まり車掌に引き渡される。車掌室に拘束されたサーシカは、便所に行きたいと言うが断られるも、金で交渉し便所に入り、内鍵をかける。そして、走る列車の窓から首尾よく飛び降りた。

 徒歩やヒッチハイク、そして船に乗りして、サーシカは父親がいる刑務所にたどり着く。面会したい。
 心理診療房から出て来た父親は、サーシカを前にして「サーシカ?」と尋ねる。そんなに時は流れていた。
 はじめ、父親はサーシカを避ける様子であったが、そのうちにじわじわと親子の感情がこみ上げて来て、我が子を抱きしめた。
 だが、父親の刑期はまだある。結局、サーシカは、また、学校へ連れ戻されてしまう。
 サーシカは、この どうしようもない状況にあがくが、父親に会えたことで、来た時よりは、心はいくらか明るくなっていた。

2-0_20160726131300fde.png 映画は、サーシカの一人旅の途中に、いくつものエピソードを差しはさむ。そのひとつ。
 面会者宿泊所で、父親は我が子に独り言のように話す。
 「俺は私生児だ。母はコルホーズ(ソ連の集団農場)で働いていた。戦後はみな空腹で、母はキュウリを盗んで1年の刑を食らった。その時、母は18歳で美人だった。収容所の男達が放っておくわけがない。監獄で俺を産んだのさ。父親は誰だか分からんよ。出所した母は俺を駅に捨て子した。ところが誰も拾ってくれないんで戻って来た。」
 これを黙って聞いていたサーシカは父親に言った。
 「父さんが出所したら僕が引き取るよ。仕事を見つけてさ。オートバイを買って家も建てて、うまく暮らして行こう。」 父親の刑期は、あと8年ある。いい映画だ。

  サーシカの一人旅は、カザフスタン共和国(現)の南のアルマ・アタ (現在名はアルマトイ) から、ロシア北西にあるアルハンゲリス。(下記地図)

父とサーシカ 13歳
3-0_20160726132215c79.png 下↓


地図


オリジナル・タイトル:Сэр-Свовола Зто рай
英語タイトル:Freedom is Paradise
監督・脚本:セルゲイ・ボドロフ|ソ連|1989年|75分|
撮影:Yurii Skhirtladze|
出演:サーシカ・グリゴリエフ(ヴォロージャ・コズィリョフ)|サーシャの父さん(アレクサンドル・ブレーエフ)|クラーヴァおばさん(スヴェトラーナ・ガイタン)|少年院の所長(ヴィタウタス・トムクス)|ほか

【セルゲイ・ボドロフ監督の映画】  
これまでに記事にした作品から。
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モスクワ・天使のいない夜
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自由はパラダイス
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ヤクザガール 二代目は10歳


特集:刑務所は出たけれどの物語
「刑務所は出たけれど」という切り口で、映画を集めました。
刑務所は出たけれど


【 一夜一話の歩き方 】
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