映画 「パリ、テキサス」   監督:ヴィム・ヴェンダース

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 この映画は、お話がサンドイッチのように三つの階層から成っていて、相互に関連します。
 加えて、3つの舞台装置(仕掛け)が、つまり、テキサスの荒野にあるパリという所「パリ、テキサス」と、過去の幸せな日々を映した8ミリフィルム映像、そしてマジックミラー越しのテレフォンクラブが、現在過去を繫ぐ回廊として、象徴的に印象的に機能している映画です。

1-0_201701191435397cf.jpg お話の第1の層(幻視の世界)では、主人公トラヴィスがまるで夢遊病者のようにテキサスの荒れた大地を徘徊しています。この荒野や、あとで出てくる荒野の中にあるパリは、どうしようもない悲しみを抱えるトラヴィスの心象風景と言っていいでしょう。

 第2のお話の層(トラヴィスを取り巻く現実世界)への移行は、トラヴィスがぶっ倒れて荒野の中にある診療所に担ぎ込まれるところです。これがきっかけでトラヴィスは、弟ウォルトと再会し、現実の世界へと舞い戻ります。つまり、ウォルトは嫌がるトラヴィスをロサンゼルス郊外の自分の家に連れて帰り保護します。

 ウォルトの家には、トラヴィスとその妻ジェーンとの間にできた一人息子ハンターがいました。これまでウォルト夫妻は、幼かったハンターを養子のように育てていました。
 それはつまり、かつて、トラヴィスとジェーンの夫婦関係が破たんし、トラヴィスが家を出、続いてジェーンもハンターを置いて失踪した結果、ウォルト夫妻がハンターの世話をしなくてはならなくなったのでした。

 ハンターは7歳になりますが、両親のことは憶えていません。まだ赤ちゃんだった頃の8ミリフィルム映像で、自分の両親を知っているだけでした。
 徘徊の世界にいたトラヴィスは、徐々に我が子ハンターを認識し出し、父親として振る舞うようになります。同時にハンターは、8ミリ映像の中の父親と、目の前にいる男とを結びつけることが出来るようになります。

 そんなある日、トラヴィスは妻ジェーンを探しに行こうと決心します。ハンターも望んで父親に同行します。
 妻を探す見込みは、わずかですがありました。ジェーンはハンターの養育費として、毎月決まった日に、5ドル、10ドル、あるいは50ドルとその都度まちまちな金額でしたが、ウォルト家の口座に金を振り込んでいます。つまり、振込銀行の支店が分かっていました。トラヴィスとハンターは、振り込みするその日に、テキサスにあるその支店を目指して、車で向かいます。

2-0_201701191446193f5.png 第3のお話の層(トラヴィスの心の核心の世界)へのきっかけは、ハンターが母親を「直感」で見つけた事でした。
 トラヴィスとハンターは、銀行支店の前で母親が來るのを待ち伏せしていたのです。母親が運転しているとハンターが言う、赤い車はどんどん去って行きます。父子はその車を追います。高速道路に乗り、そして降りてあるビルで赤い車は止まりました。トラヴィスはハンターを車に置いて、そのビルに入ります。

 そこはテレフォンクラブで、店内の個室にあるマジックミラー越しに、店の女と電話でデートできる所でした。
 トラヴィスは、店でジェーン(ナスターシャ・キンスキー)らしき女を遠目に発見し、さっそく客を装ってその女を指名します。やがて個室内のマジックミラーの向こうに女が現れます。すぐにジェーンだと確認できました。(ただしジェーンの方からは彼の姿は見えません)

 翌日再度、来店し、ふたりはマジックミラー越しに対面します。
 トラヴィスは、当時言えなかった、言う機会が無かった自身の心境を、ジェーンに包み隠さず一方的に語りかけます。そして最後に、ハンターと一緒に泊っているホテルのルームナンバーを言って、トラヴィスはその場を去って行きます。トラヴィスは直に、妻とは会いませんでした。
 その夜、ジェーンはホテルの部屋で、我が子ハンターを抱きしめました。しかし、そこにはトラヴィスはいません。再び失踪したのです。つまり、彼はまた、第1のお話の世界へ帰って行ったのです。

 なぜ、ふたりの関係は破たんしたのでしょう。なぜ、トラヴィスはまた放浪の人生を歩むのでしょう。
 結婚した当時、トラヴィスは仕事探しに悩んでいました。地元に良い職がなく、家を出て出稼ぎしないと、一家を養えませんでした。しかし、トラヴィスは溺愛するジェーンと、一時でも離れていることは心的な苦痛でした。朴訥なトラヴィスと、歳の差が大きくある二十歳前のジェーンでした。

 出稼ぎ先のトラヴィスは、ジェーンが浮気しているという妄想を次第に抱き始めます。そして妄想は日を追うごとに大きくなって行きました。自身で自分を追い詰めているのに気付かぬトラヴィスは、家に戻り妄想を元にジェーンを罵ります。
 そんな中、ジェーンが妊娠。辛い思いをするジェーンも彼を罵ります。夫婦の関係は、どんどん、ささくれ立って行きました。
 しかし、それでも、トラヴィスは苦しみながらもジェーンをこよなく愛していたのでした。
 (このトラヴィスの心の核心は、テレフォンクラブでトラヴィスがジェーンに、電話でつぶやくように語るそのシーンで明らかになります。これを見逃すと話が分からなくなる重要場面です) 
 トラヴィス自身のこの、愛と憎の合い入れぬ感情は、彼の精神を蝕みました。そして失踪。残された若いジェーンは、まともに相談する相手もなく、やはり心を病み、幼いハンターを置いて、続いてその行方をくらましました。(映画はここら辺りの事情を、映像にしていないので、難解に感じるかも知れません) 

 トラヴィスとジェーンとの関係はすさみ切っていて、ふたりはまるで荒野の中にいるようでした。ですが、愛はあったのです。それはテキサスの荒野の中にある、はかない場所「パリ」が象徴しています。そこはフランスのパリではないが、彼にとっては甘い香りの愛の街のように思える所。トラヴィスは、今もそう思っています。

 さて折角3人が一緒になれるはずだったのに、なぜトラヴィスは妻子を置いて、また放浪の人生を歩むのか。
 すべて俺が悪いのだ。トラヴィスはちゃんと理解しています。つまりは、愛と一家の生計とが両立しないのです。
 下層の一家がひとつ屋根の下に住みながら、地元で働いて妻子を養うに足る仕事が、今も地元には無い。よって、やはりかつてのように家を出て出稼ぎせざるを得ない。そうなれば、トラヴィスはまた荒れます。だから下層の男トラヴィスは、ジェーンへの愛と、一緒に住むことの両方を諦めざるを得ないのです。(この頃からアメリカ国内は、低所得労働者にとって、とても厳しい時代になって行きました)

3-0_20170119151503bd1.jpg トラヴィスは几帳面な男でした。荒野での映画冒頭シーンで、飲料水を飲み干した空のポリタンクを捨てる時、ポリタンクのキャップをきちんと閉めてから捨てる男。弟の家に居候して、弟夫婦やハンターの靴をすべて磨き、家の外できちんと並べて日干しする男。
 妻との日常も、毎日、互いの歯車がきちんとかみ合うことが、トラヴィスの心の安らぎとなっていたのだろう。それがトラヴィスが感じたい愛の実感だったのかもしれない。

 余談だが、弟ウォルトの人生も気になるところ。この兄弟は貧しい一家に生まれたらしい。
 兄は良い仕事にありつけない低所得者層のままだったが、ウォルトは妻と共に広告看板制作会社を営み、それなりの収益があるらしく、借金をして、ロサンゼルス郊外に、空港の傍とは言え、小さな一軒家を新築している。ウォルトは中流に這い上がったようだった。
 今、この映画を観て感じるのは、その後、アメリカがさらなる格差社会となって、中流階級が消滅して行ったこと。
 ウォルトの家は、丘を切り開いた新しい住宅造成地の端にあって、丘の上。そこから空港を見下ろすシーンは、何か心にきりきりと来るようで、印象的でした。


オリジナルタイトル:Paris, Texas
監督:ヴィム・ヴェンダース|西ドイツ フランス|1984年|147分|
脚本:サム・シェパード|脚色:L・M・キット・カーソン|撮影:ロビー・ミュラー|
出演: トラヴィス・ヘンダースン(ハリー・ディーン・スタントン)|その妻ジェーン・ヘンダースン(ナスターシャ・キンスキー)|その子ハンター・ヘンダースン(ハンター・カーソン)|トラヴィスの実弟ウォルト・ヘンダースン(ディーン・ストックウェル)|その妻アン・ヘンダースン(オーロール・クレマン)|

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