映画「歌行燈」(1943年) 監督:成瀬巳喜男
2018年01月29日 公開

話は明治の30年頃。

その後、喜多八はあてもなく東京を離れ、地方の盛り場で三味線を弾き、当時はやりの博多節を、客の求めに応じて歌う「流し」稼業に落ちていった。(博多節とは花柳界のお座敷唄。喜多八の様な稼業を博多節の「門付け」と言う。街を流し歩き、待合茶屋や呑み屋の前に立って唄い、客や芸者からお金を頂く商売)

事の発端は、喜多八はじめ家元総出の名古屋公演の折り、ある客が喜多八の芸は未熟だと批判し、ついては「宗山先生に教えを請え」と言われたことから始まった。
さて、無事に名古屋公演を終えた家元・恩地源三郎と、喜多八の叔父・辺見雪叟は、喜多八を伴い、骨休みにと前から計画していた伊勢に逗留する。これは喜多八にとっては好都合であった。
宿に着いてのその夜、喜多八は宿をそっと抜け、宗山の家を探し出し、その家に上がり込んだ。
俺は観世流家元の倅、恩地喜多八だ、田舎者の宗山とやらに、観世流の芸の高さを思い知らせよう。
一方、盲目の宗山は突然の客人・喜多八を、駆け出しの能楽師と思い、自信たっぷりに謡を披露し始める。
喜多八は鼓を打つかわりに、その謡に合わせて腿を叩く。そして徐々に、宗山の拍子を先導し、謡の息の間合いを縮めていく。
追い詰められて宗山は、ついに息が切れ畳に打っ伏した。(このシーンはお侍で言えば道場破りだ)
宗山は喜多八に頭を下げ教えを請うとしたが、喜多八は意気揚々とその場を去った。振り返れば若気の至りであった。
翌早朝、宿に新聞記者が押し寄せていた。宗山の自殺だ。
家元・恩地源三郎は、記者たちの前で倅の喜多八の非を謝罪し、その場で即座に喜多八を破門にした。
こうして博多節の門付けとなった喜多八は、三重県辺りで毎日をうつろに漫然と過ごしていた。
そんなある日、喜多八は同業の門付け芸人・次郎蔵と出会い意気投合する。
そして奇遇にも、この次郎蔵を介して喜多八は、宗山の娘・お袖(山田五十鈴)を知ることになる。
父を亡くしたお袖は、親戚に家を追い出されて芸者になっていた。だが、不幸にもお袖に音楽の才が無い。三味も弾けぬ芸者は芸者と言えぬ。身を売るしかない。
これを不憫に思う喜多八はお袖に舞を教えた。お袖は喜び懸命に習った。それは喜多八の思う罪滅ぼしでもあった。そしていつしか、ふたりに恋が芽生え始める。
さて、家元・恩地源三郎は、一門に喜多八に優る謡の担い手が育たず悶々としていたが、それでも名古屋興行を決行した。
そののち、源三郎は弟の辺見雪叟と再び、伊勢の宿にいた。二人はあらためて時の巡りを感じ、その思いを打ち払うべく、芸者でも呼ぼうか、となった。
街の芸者たちは他の大きなお座敷に呼ばれていたのだろう。芸者置屋にただ一人残ったお袖が源三郎の座敷に呼ばれる。
そこで、芸の無いお袖は、おずおずと源三郎に舞をみせた。
さすが家元たちである。その舞の動作に観世流を直観する。これはまぎれもなく喜多八が教えたに違いない!
そこに、この様子を庭の隅から見ていた喜多八が登場し、お袖は宗山の娘であること、そしてお袖を救い罪滅ぼししたことを話す。
これを聞いた源三郎は破門勘当を許し、喜多八お袖はじめ叔父も喜び涙ぐむのであった。めでたしめでたし。
原作者は泉鏡花。
泉鏡花のあの、装飾音符連射の、艶ある幻想的表現、あれを映画にするのはとても難題。
そして山田五十鈴の演技だが、1935年溝口監督「マリアのお雪」に、当時18歳で主演した山田五十鈴のあの素晴らしい演技とは、比べようがない出来。(「マリアのお雪」の記事はこちらから、どうぞ)
別な見方をすれば、本作製作は昭和18年、戦争のさ中によくこんな映画が作れたものだと思う。戦意高揚の影響はフィルム上、「一億で背負へ、誉の家と人」というスローガンと下記の写真だけだ。(東宝のマークの下に東南アジアの地図)
ちなみに、喜多八が歌う博多節が実にいい。(街の人々がそれを惚れ惚れと聴くシーンがある)
最後にどうでもいいことだが、喜多八が東京から姿を消したあと、父親が言うセリフ。「たぶん、京都大阪か、あるいは伊勢近江あたりにいるんだろう」の、伊勢近江が気になった。特に近江だ。明治の頃、近江は今よりずっと栄えていたんだと思った次第。
監督:成瀬巳喜男|1943年|93分|
原作:泉鏡花 『歌行燈』|脚本:久保田万太郎 |撮影:中井朝一|
出演:恩地喜多八(花柳章太郎)|お袖(山田五十鈴)|喜多八の父・恩地源三郎(大矢市次郎)|喜多八の叔父・辺見雪叟(伊志井寛)|お袖の父・宗山(村田正雄)|門付け芸人の次郎蔵(柳永二郎)|ほか

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