映画「ポエトリー アグネスの詩」 監督:イ・チャンドン
2018年04月19日 公開


女子中学生の水死体が川を流れ下るシーンを、映画は冒頭、いきなり観客に投げて寄越す。
この話を語る前にまず、主人公ミジャ(ユン・ジョンヒ)の話から始めよう。
ミジャは60歳半ばの温和なおばあちゃん、中3男子の孫と二人暮らし。
その孫の母親(ミジャの娘)は別居していて、釜山に住んで働いている。ミジャは娘から仕送りを受けているんだろうが、孫との生活に余裕はない。
それでミジャは、ある老人の介護で生活費を稼いでいる。その男は脳梗塞か何かの後遺症で障害があり、手足が不自由、口がきけない。
孫のジョンウクは、おばあちゃんっ子。幼いころからミジャに育てられた様子で、中3にしては幼い大人しい子、ミジャに爪を切ってもらう始末。
ミジャは最近、詩に興味がある。詩を書いてみたい。そこで詩の教室に通い始めた。
さて、こんな平凡なおばあちゃんのミジャが、話が進むうちに、冒頭シーンの女子中学生の自殺事件に苦しめられることになる。
ミジャがこの事件に遭遇したのは、病院の救急外来入口で、女子中学生の母親が泣き叫ぶのを見た時であった。

それは、孫のジョンウクはじめ彼の同級生6人が、自殺した女子中学生ヒジンを、生前、学校で数回にわたりレイプしていた事実。
このことをミジャは、同級生6人のうちの1人、ギボムの父親から呼び出されて聞いた。
ミジャは家に帰り、ヒジンの事をそれとなくジョンウクに聞くが、さしたる反応はない。
一方、ギボムの父親ら、同級生5人の父親たちは密かに集まり、今後の対応を相談している。
ここは息子たちの将来を考え、向こうの親と示談で納めたい。ほかに事の次第を知っているのは校長はじめそれぞれの担任だけ。だが、地元紙の記者が動き始めたらしい、秘密裏に進めたい。
相談の結果、父親たちは示談の提示金額を3000万ウォンと決めた。1人頭500万ウォン、ミジャはこれをギボムの父親から知らされた。
しかし、ミジャにそういう金は無い。ギボムの父親はミジャに向かって「釜山の娘に出してもらいなさい」と言う。だがミジャは、娘に事件も示談金のことも伝えない。(この家庭内事情を映画は語らない)
相談相手もなく、追い詰められるミジャはある決断をする。
ミジャは介護で通っている老人の男に身を許した。男は会長と呼ばれていて資産家のようだ、そして男はミジャが好き。(今までも迫られることがあった)
そして後日、ミジャは男に500万ウォンを「くれ」と筆談で話す。(ミジャが筆談するわけは男の娘が傍にいるのだ)
くれ、とは返済することができないからだと書き添える。男は脅迫かと筆談で返す。
結局ミジャは身を挺して500万ウォンを手にし、ギボムの父親に渡すことができた。

60歳半ばのミジャを観客は、世知に疎い、認知症初期と診断された、詩作にあこがれる、頼りないおばあさんと思うかも知れない。(ミジャのセリフに、これまでの人生に苦労は絶えなかったとあるが、それを映画は語らない)
一方、ギボムの父親はじめとする加害者の父親たちは、40歳前後の働き盛りの男たちだ。自ずとミジャと相いれない。
加害者5人の父親の集まりにミジャも出るが、ミジャはすぐに退散してしまう。
ミジャは父親たちから、示談の交渉役にされてしまうが、ミジャは自殺した女子ヒジンの母親と世間話をしただけで交渉の話はできなかった。
また、孫のジョンウクに対し、問い詰めないし、怒らない。
ミジャは優しい。人当たりがやわらかい。
だがミジャは、ぼんやりしているわけじゃない。洞察力があり、よく考えているが、いかんせん問題解決に時間がかかる。決断が後手になる。
ミジャは正義感が強い。
孫の事より、自殺したヒジンやその母親に意識が行く。加害者の父親たちのやり方に懐疑的だ。
ミジャは、考えがはっきりした時、想定したことが現実になる時、すでに覚悟はできている強い女性。
ある日刑事が現れ、ミジャの前で孫のジョンウクが連行される。ミジャは少しも動じなかった。
詩教室の最終日に提出の宿題、詩一編をミジャはきちんと提出した。それは美しい感動を呼ぶ詩であった。(映画中で示される)
しかし、その教室にミジャの姿は無かった。(ミジャは前日に提出していた)
ミジャはどこへいったのか?
ラスト、映画は人影のない大きな橋上のシーンを観客に見せる。
そこは女子中学生ヒジンの水死体が流れ行った川にかかる橋だった。
オリジナルタイトル:시 (詩)
監督・脚本:イ・チャンドン|韓国| 2010年|139分|
撮影:キム・ヒョンソク
出演:ミジャ(ユン・ジョンヒ)|ジョンウク(イ・デヴィッド)|ギボムの父(アン・ネサン)|ヒジンの母(パク・ミョンシン)|キム・ヨンタク・詩作教室の先生(キム・ヨンテク)|ほか
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