受けた被害は語りやすい。与えた加害は語りづらい。<引用>

<引用>
受けた被害については語りやすい。
与えた加害は語りづらい。
当人は、その加害行為の記憶はあるが、「その時の自身の気持ち」が思い出せない。
だから語りたくても語れない。
なぜ、あの時、自分はあんな残虐な行為ができたのか、当人がわからない。
(ポーランドのイエドヴァブネ村の非ユダヤ系ポーランド人によるユダヤ虐殺行為を例にとり)

第2次世界大戦時、アメリカ軍兵士の発砲率は20%以下だった(米軍全兵士中、敵に向かって発砲した兵士の%)
以後米軍は、射撃訓練の標的を抽象的なものから人型顔写真付きにしたなど、人命を奪う抵抗感を下げる諸施策を展開した。結果、ベトナム戦争でその効果が発揮された。しかし、訓練と実戦で心を壊した帰還兵の多くは、除隊後、日常生活に戻れず(なんらかの精神障害や・・・補足)犯罪者となるケースが相次いだ。

戦場では「殺される恐怖」が心を壊す。
そして「人を殺す」心の負荷はすさまじい。
だから加害の記憶は残らない。

被害を語り継ぐことは大切だ。
だが被害側だけでは、加害側をモンスターにするだけだ。
戦争の実相を分かり難くする。




くく散歩 建売列 夕闇せまる84以上、次より引用させていただきました。
★朝日新聞連載コラム「私たちの戦争 2010夏-【3】」より 
  森達也(作家・映画監督)執筆

この記事、夏以来、気になっていました。
1年が終わる前にブログにしました。

人を殺すゲームや映画やマンガは、
その過激さをどんどんエスカレートさせています。




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やまなか
Posted byやまなか

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