小説 おっぱいとトラクター マリーナ・レヴィツカ著
2011年01月03日 公開

<引用>
母さんが死んで2年が過ぎた頃、父さんはウクライナ生まれのバツイチ金髪美女に入れあげた。84歳の父さんに対して、相手は36歳。たとえるなら、ちゃらちゃらしたピンクずくめの手榴弾がいきなり我が家に飛び込んできたようなもの。これが炸裂してあたりに泥水を撥ね散らかしたばかりか、記憶のぬかるみに沈んでいた家族の歴史を引きずり出し、なんと先祖の霊に背後から一発、蹴りを食らわした。
すべては一本の電話からはじまった。
受話器から聞こえてくる父さんの声は、歓喜にうち震えていた。
「朗報だ、ナジェジュダ。結婚するぞ!」
頭にかっと血がのぼる。嘘!ついにイカレたか!ちょっと、なに考えてるのよ!だが、そんあ素振りはみじんも見せず、「あら、よかったわね」
「いかにもいかにも。テルノピリに住んどる彼女の息子もこっちに呼び寄せたんだ。ウクライナだよ」
ウクライナ。父さんが深々と息を吸い込み、ふうっと吐き出す。・・・・・・・<引用おわり>
1997年、ここは英国はピーターバラ。登場人物は.......
ナジェジュダ(49歳) 【主人公】大学講師、一児の母
ニコライ(84歳) 娘ナジェジュダ、ヴェーラの父、元エンジニア
ヴェーラ(59歳) ナジェジュダの姉、二児の母
ヴァレンチナ(36歳) ウクライナ出身の介護ヘルパー
スタニスラフ(14歳) ヴァレンチナの息子
デュボス ヴァレンチナの元夫 ウクライナの工科専門学校校長
マイク ナジェジュダの夫
「ちゃらちゃらしたピンクずくめの手榴弾=ウクライナ出身の介護ヘルパー・ヴァレンチナ36歳」とは?
<引用>
大柄なブロンド女が、爪先ののぞく細いヒールのミュールでこちらに向かってくる。だらけた足取りはふてぶてしく、億劫だと言わんばかりだ。膝のかなり上までむき出しになったデニムのミニスカート。ピンク色のノースリーブのニットシャツは胸のあたりが淫らにふくらみ、これが歩くたびにゆさゆさ揺れる。むっちりとした白い肌に覆われた、いかにも淫乱そうな女。肥満一歩手前といった感じの肉付き。・・・・<引用おわり>
さて、娘ふたりは、ヴァレンチナから「父と、ささやかな蓄え」を奪い返すべくドタバタ作戦がはじまる。
<引用>
姉「女の狙いはパスポートと就労許可証、それと父さんの蓄えだけ。」・・・・<引用おわり>
かたや、この小説はもうひとつの顔がある。主人公一家のルーツもウクライナだった。
ナジェジュダの両親はウクライナ出身、スターリン時代下、いくばくかの成功と、苦労を重ね、イギリスに移住。
<引用・訳者あとがき>
笑劇の水面下には、ルーツであるウクライナの過去と現在が潜んでいる。
20世紀初頭のロシア革命からスターリン時代を経て、第2次大戦、ソ連邦解体へと続く長い道のりでウクライナがこうむった悲惨(人為的飢餓、粛清、ナチス占領下の強制労働、チェルノブイリなど)そして1991年に独立を果たした後もなお続く政治経済の混迷1997年現在・・・そうした激動の時代を生き抜いた一家の封印されてきた歴史を、戦後生まれで英国育ちの主人公がたどる物語でもある。<引用おわり>
イギリス・ウクライナの距離

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