映画「その前夜」~山中貞雄に捧ぐ(1939) 監督:萩原遼|原案:山中貞雄|出演:高峰秀子,山田五十鈴

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 「その前夜」とは、幕末に起きた池田屋事件の「前夜」のこと。元治元年6月5日(1864年7月8日)
 映画は、この事件を、池田屋近くで同じく宿を営む大原屋の家族5人の目線、庶民の目線で描きます。(本作は好戦的な娯楽作品じゃありません、原案が山中貞雄ですから)

 上の画像は、大原屋の店先、前夜の様子。
 この家族の向こう(奥)に見えるのが、その池田屋。(池田屋も大原屋も祇園祭の飾り付けをしている)
 右端に座るのは、大原屋のあるじで父親、その左は長男彦太郎。宿の商売を継がず、友禅染の職人をしているが、自前の商売がしたくて、男所帯の新選組に近づいて彼らの洗濯を請け負う商売を始める。
 その左が彦太郎の、下の妹・おつう(高峰秀子)、彼女は宿を手伝っている。家族に内緒で、新選組の若い男と恋仲。
 背を向けている母親の左が、おつうの姉・お咲(山田五十鈴)、祇園の置屋に奉公に出ている芸者。(下右の姉妹の背景は鴨川の向こう岸の東山)
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中2 この、奉公に出ているお咲が、実家大原屋にちょくちょく顔を見せるのは、近いからじゃなく、大原屋を常宿とする絵描きの滝川(河原崎長十郎)に会いたいから、惚れてるのだ。

 そもそも、お咲が奉公に出ているのは、大原屋の経営がうまくいっていないからだった。父は遊びばかりで商売に身が入らず、毎日、池田屋のあるじと、池田屋の玄関先で将棋三昧。とは言え陰では、池田屋は長州藩・土佐藩のお侍(尊王攘夷派志士)でぼろ儲けしていると、妬みぼやく。(この二人が楽し気に将棋を指している傍では、侍たちが頻繁に出入りしている)

 さて、池田屋事件の映画ですから、新選組と尊王攘夷派志士の緊迫した状況を映画は描くと思いきや、そうでない。
 じゃ、映画は何を描いているのか。ここがみどころ。
 もちろん、新選組内の有様を映画は語るが、(侍たちを語るその語り口が典型的なお侍劇風じゃないところも、本作のみどころ)これに加え、同時並行的に語ることは‥

中 (2) ひとつは大原屋に長逗留する絵描き滝川が、通りすがりの浪人を助ける話。
 三条通路上で、威圧的な態度をとる長州藩の侍に訳もなく激しく殴られ、悔しい理不尽な思いの浪人を、滝川が救い、飲み屋でなだめる、この二人のシーンで映画は、幕末の世の、持って行き場のない庶民の怒りや、明日の不安を描いている。(映画公開は太平洋戦争の軍靴の音が聞こえる頃)

 ふたつめは、おつうと恋仲の新選組の松永恭平に映画は注目する。
中 新選組の中では一番若いくらいの松永が、下っ端として組の皆にどう扱われたかの様子を描く中で、忠義と、若いがゆえに急ぎの立身出世を目指す姿を、映画は、幕末も今(1939年)も変わらないという思いで描写しているのかもしれない。(それは我々は映画製作の1939年の2年後に戦争が勃発するのを知っているからで、松永を若手将校に置き換え悲惨な結末へ突進していくのを想像する)
 一方、映画の冒頭で、大原屋の長男で雇われ職人の彦太郎が鴨川の流れに入って友禅染をさらして働くシーンでは、松永が理由なく、仕事にいそしむ彦太郎の手元足元へ向けて小石を幾度も投げつける。
 戯れとは言え、彦太郎ならずとも、庶民を上から見ているエリート意識を感じるのである。(もちろん彦太郎がおつうの兄とはつゆ知らずだが)
 くわえて結果的だが、この一件が一介の庶民である彦太郎が、なにくそという思いで、自身の意思で商売(自営業)を始めようとする心の背を押したこととなった。

 そして三つめは、滝川の知人で尊王攘夷派志士だったその妻、藤堂芳江(未亡人)が登場し、それが誰かを知らぬがためにお咲の嫉妬を買う。さらに話は進んで、その藤堂は新選組に追われていることがわかる。ある晩、大原屋で滝川と藤堂が会っている所に新選組が乗り込んで来るが、お咲の機転で事なきを得る。(山田五十鈴の見せ場でもある)

 さて、その日。
 昼に、新選組の洗濯物を取りに行った長男彦太郎が新選組が戦闘の準備をしている事をのんきに滝川に話すが、それを聞くや否や、藤堂の安否を気遣う滝川に緊張が走った。そしてすぐさま、滝川は祇園祭でごった返す三条通へと出て行った。

 その夜、事件直前。
 夜、大原屋の一家が店先に出そろっている時(上の画像)、大原屋の前(木屋町通)を新選組が通りかかり、洗濯で顔見知りの彦太郎に、店を閉めろと「事前の警告」をそれとなく伝えるのであった。

 そして映画ラスト近くになってやっとチャンバラ戦闘シーンが始まる。双方が、池田屋内、その前の三条通路上、大原屋前の木屋町通や高瀬川の川の中でも派手に切り合う。
 そんななか、おつう(高峰秀子)と恋仲の新選組の彼は、この戦闘で命を落としてしまう。おつうは彼の傍らで大いに嘆くのでありました。
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 地図上の矢印は、大原屋の一家が店先にそろうシーン(一番上の画像)のカメラアングル。
 地図から分かるが、これでは大原屋斜め向かいの、三条通角の家が邪魔して池田屋が見えない。ので、映画では池田屋を、三条小橋(高瀬川にかかる橋)の西詰、高瀬川沿いに移動させている。(つまり地図上、右に移動)
 大原屋の隣には慈舟山 瑞泉寺(実在)の狭い入口(門)がある。よって大原屋の裏は寺。木魚の音が聞こえるシーンはこの寺からの音。
 この門前で子供たちが(たぶん)新選組のチャンバラごっこしているシーンもある。
 また、大原屋の脇に鴨川へ降りていく路地が何度も出てくる。この路地に大原屋の裏口があるからだ。
 中段の画像、姉妹のシーンもこの路地。晩におつうを慕って密かに来た新選組の松永もこの路地でうろうろした。その松永の死を胸にする、おつうのやりきれない後ろ姿をカメラが見つめるラストシーンも、この路地でした。
 そう、この映画は三条小橋界隈だけで京都の幕末を描くのです。
 (地図に描きこんだ路地は、より南の、龍馬通に続く道かもしれません)

 事件のそののち。
 洗い屋稼業を始めた長男彦太郎は、数名を雇うまでの商いになる。大原屋前の高瀬川で雇い人が洗濯をしているシーンが映し出される。
 たぶん、新選組以外の一般顧客をつかんだのだろう。世の中がどうであれ、市井の人々は明日を生きなければならない。そんな力強さを表している。
 また、これに姉妹の様子を対比させることで、おつうの悲しみ、江戸へ行ってしまった滝川を諦めざるをえないお咲きの気持ちが、より一層、観客の心にしみわたるのでありました。
 (高瀬川の水は鴨川から引いている。この商売を始める前、彦太郎はその鴨川で友禅染をさらしていた。昭和の昔は三条大橋からこの光景が見れました)
 (どうでもいい事ですが、あの路地を鴨川へ抜けた所が、今は(昔から)珉珉 三条大橋店です)
※       ※       ※
 以上このように、この映画はたくさんのエピソードを含んでいます。そしてそれらはどれも様々なメッセージをもって作られています。
 だから本作は奥が深いのです。くわえて言えば、話のテンポは思いのほか速いです。

 ちなみに、池田屋事件の一か月後の禁門の変(蛤御門の変)を、祇園の中の女性たちだけで(お茶屋の屋内シーンだけで)描いた映画がありました。
 それは石田民三監督の「花ちりぬ」(1938年)、これもいい映画です。「その前夜」より一年早い製作!

ここをタッチしてお進みください。
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監督:萩原遼 |1939年|87分|
原案:山中貞雄|脚本:梶原金八|撮影:河崎喜久三|(ちなみにこの映画の原案者の山中貞雄監督は1937年に召集され、翌1938年に中国で病死)

出演:絵描きの滝川仙太郎(河原崎長十郎)|彦太郎(中村翫右衛門)|お咲(山田五十鈴)|おつう(高峰秀子)|父親の彦兵衛(助高屋助蔵)|母親おまさ(清川玉枝)|おつうの彼氏の松永恭平(市川扇升)|藤堂芳江(千葉早智子)|松永の面倒を見る良き上司の茂木庄兵衛(市川莚司のちの加東大介)|祇園祭で賑わう三条通を埋め尽くす多くの市井の人々役のエキストラたち!|ほか
下


こちらで、高峰秀子が出演の映画をまとめています。
決め



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しっとり京の街並み、その匂い。
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