映画「長江 愛の詩 (うた)」 監督:ヤン・チャオ

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上海の港を出港し、長江の河口から、大河をさかのぼる、ロードムービーじゃなくて、リバームービー。

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上海の港を出ての広大な東シナ海、そして長江河口もまるで海のように広い。

この映画、一見、ラブストーリーっぽいが、彼女は謎の女。
寄港する港々で何故か出会い、そのうち愛が生まれる。
しかし女は、航行中の河岸の崖にも現れる、神出鬼没の女。
主人公のガオ船長は、その女の姿を追うように、長江を遡行し三峡へ向かう。

大 (2)

女の名はアン・ルーという。

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ガオは、父親からこの貨物船を引き継いだ。
乗組員は、父親の時代からのベテラン船員と、ガオと同年配か若いかの船員の、計二人。若い船員は、荷主を探す営業もやっている。(つまりガオはやり手じゃない)
で、その若い彼が、ある荷主を見つけて来たので、船はようやく上海を出港した。
ただし、荷主は荷について、見るな触るなであった。ヤバイ品なのかもしれない。

出港してまもなく、ガオは機関室のエンジンの下から、父親が書き溜めた、20年前の航海日誌らしきものを、偶然、見つけた。
それは、今、ガオが長江を遡行しているのと同じように、父親がかつて長江を遡行していた時の日誌である。
そして、その内容は、航海日誌というより、父親の人生哲学を織り交ぜ、綴った紀行文のようであり、また、 ある女性を想う「詩」でもあった。
それにしても、あの謎の女アン・ルーは誰。
★     ★
原題「長江図 Crosscurrent」の Crosscurrent は、あふれ流れること、勝手な方向に流れ出ること。(のようだ)
つまり日誌に綴られた、20年前の父親の体験とその記憶が、妙なことに今、長江の流れの中で、ガオの心に深く入りこんで来ている‥。
だから、ガオには、アン・ルーが見える、触れる、話ができるのか。
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それは、父親の弔いのための伝統的儀式に、ガオが従わなかったから、なのかもしれない。(老船員にそう言われた)
ガオはたしかに上海で出港前に、儀式に沿って、水を満たした小さな香炉に黒い魚を入れた。
言い伝えでは、香炉に入れっぱなしの、その魚が死んだ日に、父親の魂は安らぎを得るという。
しかし、出港後、ガオは魚を香炉から出し、網袋(魚籠|ビク)に入れて河の流れに浸して生かしていた。
そして終いには、その魚は長江の流れに消えたのです。その所為(せい)か?

予告編 決め
https://www.youtube.com/watch?v=8hRBNVkygRU


総じて、長江の叙事詩的映像が、自然風景ドキュメンタリーとなって独り歩きしてしまい、観る者はそれで、ひとまず満足してしまう。
そして、その映像に乗せるナレーション(というか日誌文の字幕)、それだけじゃ事足りないので、ドラマ仕立てにした、といった感じに思えてしまう。
言い換えると、ガオと謎の女アン・ルーの人物描写が、さしたる奥行きが無く薄っぺらいため、人物が長江という舞台に根付かないで剥離しそうにみえる。
★     ★

長江を舞台にした映画に「長江哀歌」がある。(監督:ジャ・ジャンクー)
この映画では、長江の景色と人物を、どう繋いでいただろうか。この映画の紹介記事は、こちらから、どうぞ。


原題:長江図 Crosscurrent
監督:ヤン・チャオ|中国|2016年|115分|
脚本:ヤン・チャオ|撮影:リー・ピンビン|
出演:ガオ・チュン(チン・ハオ)|アン・ルー(シン・ジーレイ)|ホンウェイ(ワン・ホンウェイ)|若い船員ウー・シェン(ウー・リーポン)|老船員シアン(チァン・ホワリン)|ルオ・ディン(タン・カイ)|ほか

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さすがの長江も、河幅は狭まる。行きかう船も無い。幻想的。こんな景色とローレライ伝説に惑わされたかな、ベルリンの人たちは‥。
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【 一夜一話の歩き方 】
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やまなか
Posted byやまなか