映画「おとし穴」 監督:勅使河原宏 (てしがはら ひろし)
2020年11月18日 公開
謎の男X(左)に殺された、駄菓子屋の女と炭鉱夫A、この二人の亡霊がそのXに向かって、なぜ殺したんだと叫ぶ。だが、Xには彼らの姿は見えない、訴えは聞こえない‥。
九州の炭鉱が斜陽になっていく中、主人公の炭鉱夫A(井川比佐志)が殺人事件に巻き込まれる悲劇。
ですが、案外、すっとぼけた哀れな喜劇です。
いやいや、この映画は喜劇じゃない悲劇だ、そしてシュールだ、難解だと感じるかもしれません。
それはたぶん、無人の炭鉱住宅街やボタ山の、殺伐とした風景や、やたらに流れる挿入音楽が尖っていて現代音楽っぽく※、これらが相まって、ますます悲しく難解なイメージを映し出す。
しかし、これらのイメージを払い除けて観れば、思いのほか、話はまっすぐで喜劇っぽい。そう感じられると、それが見どころ。
物語の早い段階で、炭鉱夫A は、何の前触れも無く、謎の男X(田中邦衛)によってナイフで刺殺された。そして、Aはさっそくその場で、自身の死体から抜け出し、霊となる。
霊になったが、なにやら ぼんやり突っ立っている。彼にとっては何が何だか分からず、ただ呆然としているのだ‥。
それにしても、なぜ、彼はこうなってしまったのか。
炭鉱夫A は、それまで働いていた弱小炭鉱の過酷さを逃れ、流れの炭鉱夫となっていた。
その後は、港で石炭の積み込み(もっこ担ぎ)もした。
この仕事を斡旋した手配師が、ある日、「ここへ行け」と炭鉱夫A に地図を描いたメモを渡した。指示された彼は、地図の場所へ行き、謎の男Xに何の理由も無く殺されるハメとなる。
どうやら、男Xは、Aに目星をつけていたようだ。
さて、この謎の男Xとは?
彼は、冷徹なプロの殺人請負人だ。
この無口な人物設定は、ゴルゴ13みたいにシャープな男じゃない仕立て。
冷徹だが、とぼけた感じがする。これを田中邦衛がほとんどセリフなしで体現する。つまりキャスティングの妙。
謎の男Xは、もうひとり、人を殺す。
それは駄菓子屋の女。(佐々木すみ江)
男Xが、炭鉱夫Aを殺すのを遠目に見ていた女だ。
男Xは、この女に口止め料を渡たした上で、警察に嘘の証言をさせた。その内容は、事件を見た、犯人の特徴はこうだと、男Xの指示通りに語った。
だがその後、彼はこの女を殺した。なぜ?
ここにもうひとつの話がクロスしてくる。
ある大手炭鉱の第二組合の長、大塚(井川比佐志:一人二役)、これが炭鉱夫Aに瓜二つ!
なんてたって、霊となったA自身がそう思うくらい。(Aは霊になって各シーンを見守る。これが哀れだがコミカル)
この炭鉱には第一第二の二つの労組があって、第一組合が大塚側の組合員の引き抜きをやって、互いにいがみ合っている。(第二組合は経営側が作った労組)
ここから事件を取材する新聞記者が、物語をかきまわす。
記者は大塚に電話した。「あの殺人事件は、実は大塚さんあんたをを殺そうとした事件だ。犯人はきっと反体制の第一組合の遠山だ」。(駄菓子屋の女が言った嘘の証言の犯人特徴は、遠山に該当する内容だった)
しかし大塚は冷静だった。大塚は、あらぬ嫌疑をかけられる遠山を呼び出し、この事件はもっと別な思惑が働いていると伝えたかった。
遠山を呼び出すところは、女の駄菓子屋だった。大塚は、この店の女の証言を遠山とふたりで確認したかった。一方、浮き足立つ遠山は慌てて組合事務所を出た。
だが、先に着いた大塚は駄菓子屋の店先に女の死体を見た。
そこへ遠山が来て言う。「この女に、俺が殺したと警察に嘘の証言をさせたのは、大塚お前だろ!だから口封じに、お前がこの女を殺しんだな!」
ここからふたりの男は言い合いになり、罵り、その末に格闘となった。
遠山は、男XがAを刺した後、水たまりに捨てたナイフを偶然拾い、大塚を刺した。
その遠山は大塚の手によって水たまりに沈められ溺死。
そのあと、Aのように大塚も霊となって立ち上がった。水たまりの向こうでは、遠山も霊となってぼんやりと立ち上がっている。
大塚は、炭鉱夫A殺人の現場検証が済んだ、まさにその場所に倒れ込んで死んだのだ。
振り返れば、謎の男Xに与えられた任務は、果たして、第一組合つぶしだったのか‥。
Xは、第二組合の大塚に似た男Aを殺し、第一組合の遠山に濡れ衣を着せようとしたのだろう。
一方、大塚が遠山と会おうとしたこと、これはXにとって想定外であったか?
とにかく大塚も遠山も死んだ。殺し合って。
さて、謎の男Xを雇った者(組織)にとって、この結果は成功か失敗か?
そもそも、雇い主は誰?目的は何?
このあたりに苦いユーモアが漂う様子が、一番の見どころです。
ちなみに、炭鉱夫Aは子連れ。この息子は父親が殺されても傍観者のような態度を示す。この子は謎の男Xよりも謎だった。
※それと、問題の挿入音楽だが、缶などの金属打音やチェンバロそしてピアノ弦を直接触ってジャランと鳴らす。作ったのは(たぶん即興演奏もしている)のは武満徹、一柳慧、高橋悠治とそうそうたる音楽家だが、あまりに素人っぽい音。1962年当時はこんなだったのかな。
以下から予告編が観れますが、映像は予告編のために新たに製作されている。(本編のシーン流用は少ない)
これが飛び切りシュールで難解な感じを盛り立てていて、本作の参考にならないですが‥、ご覧ください。
炭鉱夫Aは霊となってから、駄菓子屋の女に会いに来たのですが、女にはAが見えない聞こえない。
しかし、女が殺されて、二人は霊同士で話し合えた。私たちはどうして事件に巻き込まれたのかと、互いに哀れな被害者だと‥。
監督:勅使河原宏(てしがはら ひろし)|1962年|97分|
原作・脚本:安部公房『煉獄』|撮影:瀬川浩|音楽:武満徹、一柳慧、高橋悠治|
出演:坑夫A:井川比佐志|坑夫の息子:宮原カズオ(ロケ地の小学生)|坑夫の仲間B:大宮貫一|男X:田中邦衛|第二組合長・大塚:井川比佐志|第一副組合長・遠山:矢野宣|駄菓子屋の女:佐々木すみ江|百姓:松尾茂|巡査:観世栄夫|記者:佐藤慶|カメラマン:金内喜久夫|斡旋屋:松本平九郎|その妻:奈良あけみ|見知らぬ男(幽霊):島田屯|第二組合員:袋正|死体収容人:安部公房|バスの乗客:武満徹|ほか
勅使河原宏 監督の映画
★ ★
九州の炭鉱が斜陽になっていく中、主人公の炭鉱夫A(井川比佐志)が殺人事件に巻き込まれる悲劇。
ですが、案外、すっとぼけた哀れな喜劇です。
いやいや、この映画は喜劇じゃない悲劇だ、そしてシュールだ、難解だと感じるかもしれません。
それはたぶん、無人の炭鉱住宅街やボタ山の、殺伐とした風景や、やたらに流れる挿入音楽が尖っていて現代音楽っぽく※、これらが相まって、ますます悲しく難解なイメージを映し出す。
しかし、これらのイメージを払い除けて観れば、思いのほか、話はまっすぐで喜劇っぽい。そう感じられると、それが見どころ。
物語の早い段階で、炭鉱夫A は、何の前触れも無く、謎の男X(田中邦衛)によってナイフで刺殺された。そして、Aはさっそくその場で、自身の死体から抜け出し、霊となる。
霊になったが、なにやら ぼんやり突っ立っている。彼にとっては何が何だか分からず、ただ呆然としているのだ‥。

炭鉱夫A は、それまで働いていた弱小炭鉱の過酷さを逃れ、流れの炭鉱夫となっていた。
その後は、港で石炭の積み込み(もっこ担ぎ)もした。
この仕事を斡旋した手配師が、ある日、「ここへ行け」と炭鉱夫A に地図を描いたメモを渡した。指示された彼は、地図の場所へ行き、謎の男Xに何の理由も無く殺されるハメとなる。
どうやら、男Xは、Aに目星をつけていたようだ。
さて、この謎の男Xとは?
彼は、冷徹なプロの殺人請負人だ。
この無口な人物設定は、ゴルゴ13みたいにシャープな男じゃない仕立て。
冷徹だが、とぼけた感じがする。これを田中邦衛がほとんどセリフなしで体現する。つまりキャスティングの妙。

それは駄菓子屋の女。(佐々木すみ江)
男Xが、炭鉱夫Aを殺すのを遠目に見ていた女だ。
男Xは、この女に口止め料を渡たした上で、警察に嘘の証言をさせた。その内容は、事件を見た、犯人の特徴はこうだと、男Xの指示通りに語った。
だがその後、彼はこの女を殺した。なぜ?
ここにもうひとつの話がクロスしてくる。
ある大手炭鉱の第二組合の長、大塚(井川比佐志:一人二役)、これが炭鉱夫Aに瓜二つ!
なんてたって、霊となったA自身がそう思うくらい。(Aは霊になって各シーンを見守る。これが哀れだがコミカル)
この炭鉱には第一第二の二つの労組があって、第一組合が大塚側の組合員の引き抜きをやって、互いにいがみ合っている。(第二組合は経営側が作った労組)
ここから事件を取材する新聞記者が、物語をかきまわす。
記者は大塚に電話した。「あの殺人事件は、実は大塚さんあんたをを殺そうとした事件だ。犯人はきっと反体制の第一組合の遠山だ」。(駄菓子屋の女が言った嘘の証言の犯人特徴は、遠山に該当する内容だった)

遠山を呼び出すところは、女の駄菓子屋だった。大塚は、この店の女の証言を遠山とふたりで確認したかった。一方、浮き足立つ遠山は慌てて組合事務所を出た。
だが、先に着いた大塚は駄菓子屋の店先に女の死体を見た。
そこへ遠山が来て言う。「この女に、俺が殺したと警察に嘘の証言をさせたのは、大塚お前だろ!だから口封じに、お前がこの女を殺しんだな!」
ここからふたりの男は言い合いになり、罵り、その末に格闘となった。
遠山は、男XがAを刺した後、水たまりに捨てたナイフを偶然拾い、大塚を刺した。
その遠山は大塚の手によって水たまりに沈められ溺死。
そのあと、Aのように大塚も霊となって立ち上がった。水たまりの向こうでは、遠山も霊となってぼんやりと立ち上がっている。
大塚は、炭鉱夫A殺人の現場検証が済んだ、まさにその場所に倒れ込んで死んだのだ。
振り返れば、謎の男Xに与えられた任務は、果たして、第一組合つぶしだったのか‥。
Xは、第二組合の大塚に似た男Aを殺し、第一組合の遠山に濡れ衣を着せようとしたのだろう。
一方、大塚が遠山と会おうとしたこと、これはXにとって想定外であったか?
とにかく大塚も遠山も死んだ。殺し合って。
さて、謎の男Xを雇った者(組織)にとって、この結果は成功か失敗か?
そもそも、雇い主は誰?目的は何?
★ ★
以上が話の展開だけれども、炭鉱夫Aは霊となってから、各シーンに登場し、事の成り行きを見守っている。このあたりに苦いユーモアが漂う様子が、一番の見どころです。

※それと、問題の挿入音楽だが、缶などの金属打音やチェンバロそしてピアノ弦を直接触ってジャランと鳴らす。作ったのは(たぶん即興演奏もしている)のは武満徹、一柳慧、高橋悠治とそうそうたる音楽家だが、あまりに素人っぽい音。1962年当時はこんなだったのかな。
以下から予告編が観れますが、映像は予告編のために新たに製作されている。(本編のシーン流用は少ない)
これが飛び切りシュールで難解な感じを盛り立てていて、本作の参考にならないですが‥、ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=eZWqjOETTyg
炭鉱夫Aは霊となってから、駄菓子屋の女に会いに来たのですが、女にはAが見えない聞こえない。
しかし、女が殺されて、二人は霊同士で話し合えた。私たちはどうして事件に巻き込まれたのかと、互いに哀れな被害者だと‥。
監督:勅使河原宏(てしがはら ひろし)|1962年|97分|
原作・脚本:安部公房『煉獄』|撮影:瀬川浩|音楽:武満徹、一柳慧、高橋悠治|
出演:坑夫A:井川比佐志|坑夫の息子:宮原カズオ(ロケ地の小学生)|坑夫の仲間B:大宮貫一|男X:田中邦衛|第二組合長・大塚:井川比佐志|第一副組合長・遠山:矢野宣|駄菓子屋の女:佐々木すみ江|百姓:松尾茂|巡査:観世栄夫|記者:佐藤慶|カメラマン:金内喜久夫|斡旋屋:松本平九郎|その妻:奈良あけみ|見知らぬ男(幽霊):島田屯|第二組合員:袋正|死体収容人:安部公房|バスの乗客:武満徹|ほか
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