映画「もうひとりの息子」,「運命は踊る」 イスラエルのユダヤ人家族の物語。~空爆避難時に取り違えられた新生児、戦死を誤報された兵士、それぞれのその後。


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イスラエルとパレスチナの分断が続くなか、イスラエル(ユダヤ人)の『家族』を描く映画を2本、とりあげてみました。

70年以上も対立が続くパレスチナ問題を、パレスチナ(アラブ人)側の視座で語る映画は多くありますが、イスラエル視点の映画はそうでもない。なので今回、イスラエル視点でパレスチナ問題をテーマにした映画を取り上げようと思ったのです。
ですが、ユダヤ人迫害の映画は沢山ありますが、イスラエル視点でパレスチナ問題を扱う映画はすぐには見当たらなかった。

結局、みつけた映画は「もうひとりの息子」と「運命は踊る」。この2作とも、分断するイスラエルで生きるユダヤ人家族がテーマになっています。
ま、とにかく、この土地に住むユダヤ人は、分断をどう考えているのか覗いてみましょうか。
まずは「もうひとりの息子」から。
マップ


もうひとりの息子 Le fils de l'Autre
中1

左側の夫婦はユダヤ人、右側の夫婦はパレスチナ人(アラブ人)。
場面はテルアビブの北、ハイファにある病院の院長室の中。
それぞれの母親はともに、18年前に、この病院で男児を出産したのです。
当時は湾岸戦争のはじめ頃。病院はイラクによるスカッドミサイルの空襲を避けるため、すべてを他の場所へ避難しました。しかしその時、看護師は二組の夫婦の新生児男児を取り違えてしまった。そして院長は今、その事実を両夫婦に告げ、謝罪しました。この様子を予告編でご覧ください。
そのさなか、ユダヤ人の夫は興奮のあまり、部屋を出ていきました。

予告編です。
予告編 決め
https://www.youtube.com/watch?v=mh4TS06P3SM

けれどもなぜ、今になって新生児取り違えが発覚したのか。
それは、ユダヤ人夫婦の長男ヨセフ18歳の、兵役のための入隊時身体検査で、彼の血液型が両親の子としてありえない血液型だと分かったからでした。
このことでまず、夫が妻を責めることから、ことは始まりました。(浮気を隠していたのかと‥)
そして、新生児が取り違えられたこと、相手がパレスチナ人夫婦の子だと分かると、イスラエル軍人である夫は、育て上げた息子が敵のパレスチナ人であったことに、やり場のない驚き悲しみを抱き、それを妻にぶつけます。次には世間体を気にし大いに悩みます。

そして、もちろん、パレスチナ人夫婦においても同じ問題を抱えることになったのです。特に、取り違えられた当の本人ヤシン18歳の兄は、弟を前に「お前はユダヤ人だ」と罵り始めます。(それまで仲のいい兄弟だったのに)

ところでこの映画は、パレスチナ問題のほかに、難問に対する男と女の対応の違いも同時に問うています。(本作の監督はユダヤ系フランス人女性です、かつヨセフの母親もそういう設定)
ヨセフの母親は比較的冷静でした。院長室を出た後すぐに彼女はパレスチナ人の母親と言葉を交わしました。このことから始まって、両方の母親は、この降って湧いた難問を解決の道へと、ゆっくり導くのです。
中2


そんな道のなかばで、当のヨセフ18歳(左)は思うのです。「僕は今でもユダヤ人なのか‥」と自問自答します。(右:ヤシン)
ちなみに、ヨセフが、ラビ(宗教的指導者)に相談するシーンは、ユダヤ教批判にもなっています。
中3


総じて、結局みんな いい人で、いい方向へと向かう。うーん、だいぶ甘いな‥という印象。
ついでに言えば、ヨセフが、ユダヤ系アメリカ人のミュージシャン、ボブ・ディランの若い頃に似ていて、ヨセフがどうしてもアラブ系に見えないし、かたやヤシンの方はこれアラブ系にしか見えないのがどうもね‥。

監督インタビューはコチラ。http://eigato.com/?p=14603


公式サイトhttp://www.moviola.jp/son/
監督:ロレーヌ・レビ|フランス|2012年|105分|
原案:ノアム・フィトゥッシ|脚本:ロレーヌ・レビ、ナタリー・サウジョン、ノアム・フィトゥッシ|撮影:エマニュエル・ソワイエ|
出演:ヨセフ(ジュール・シトリュク)|ヨセフの母オリット(エマニュエル・ドゥヴォス)|ヨセフの父アロン(パスカル・エルベ)|ヤシン(マハディ・ザハビ)|ヤシンの母ライラ(アリーン・ウマリ)|ヤシンの父サイード(ハリファ・ナトゥール)|ほか

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運命は踊る Foxtrot
上

こちらは、イスラエル製作の映画です。
ある日、軍の係員が軍属ラビ(ユダヤ教聖職者)と看護師を連れて、突然この夫婦の家を訪れ「あなたの息子ヨナタンが戦死した」と、玄関に出た妻に告げるところから映画は始まります。
これを聞いた妻は気を失い、その場に崩れ落ちる。
しかし係員たちは慣れた様子で、すぐさま妻を介抱しつつ、夫へは、親戚への訃報肩代わりサービスの案内、葬儀手配など今後の段取りを、これまた手慣れた態度で事務的に話し始めます。夫は驚きと悲しみが交錯する中で上の空でした。

ところが、その日再度、彼らはやってきました。同姓同名の人違いでした、息子さんは生きています。今も検問所で「国境」警備に当たっていますと。
これに夫は激怒。息子を今すぐ帰宅させろと要求しますが、妻がなんとかなだめ、その場は終わりました。
しかし、その後、妻は激しい緊張・悲しみと、時を置かずの急な安堵という心理的落差からか、精神的ダメージの深みに落ちていきます。もちろん夫も通常の精神ではいられません。(彼は、レバノン戦争でのトラウマを負っている)

さて、当の本人ヨナタンはそんなことを一切知りません。なぜなら、この荒野のなかの僻地まで、スマホの電波は届きません。
ヨナタンは同じ隊の若い兵士3人と、大型サーチライトが設置されたこの検問所に寝泊まりしながら、24時間の国境警備を任されています。しかしながら検問所を通過する車は1日に数台。検問の現場とは思えない緊張の無さ、ノンビリさ。

映画は、こうしたヨナタンの平穏と、家にいる両親の高ぶる精神状態を対比して見せながらも、一方で検問所兵士4人の心の内の虚無と虚夢を描き、パレスチナとの紛争のありようを暗に揺さぶります。
中3

そんなある夜、二組の若いパレスチナ人男女を乗せた車が一台、静かな闇を突いて検問所にやってきた。すぐにサーチライトが彼らの車を照らしだす。
彼らは飲んだ帰りなのか、陽気に騒いでいます。兵士4人はみな自分たちの境遇を思い、たぶん、彼らに嫉妬したに違いありません。
ヨナタンは見るともなしに車内にいる美人を密かに見つめます。彼女も彼を見返します。
その時です。ビールの空缶が車外にカランと転がる。それを見た仲間兵士は「手りゅう弾だ!」と叫んだ。それに条件反射で反応したヨナタンは、彼らの車に向けていた機関銃をバリバリと掃射。一瞬にしてことは終わった。そしてまた荒野の静寂が漂い始めたのです。

そののち、パレスチナ人4人の死体に対して行なったイスラエル軍の処置は耐えがたい。敵だとしても、何もしていない民間人を射殺し、車ごと埋める。(このシーンは嘘を広めるとしてイスラエル国内で非難されたらしい)
しかしこの事件に対し、ヨナタンはじめ兵士4人の後悔のほどは、さほど描かれていない。仕方ない感がにじむ。
それより映画は、ラストへ向けて描くテーマの方に重きを置いているように感じる。それはヨナタンが帰還する途中に起きた悲運な事故死であり、彼の両親の嘆きでありました。
中2


総じて、ヨナタンの両親を描く映画前半部分が冗長。ここで観るのを諦める人がいるかもしれない。
ついでに言えば、シーン中で流れるマーラーの5番、こんなに安易に使わないで欲しい!

予告編です。
予告編 決め
https://www.bitters.co.jp/foxtrot/


監督・脚本:サミュエル・マオス|イスラエル・ドイツ・フランス・スイス|2017年|113分|
撮影監督:ギヨラ・ベイハ|撮影:ジオラ・ビヤック|
出演:父ミハエル(リオル・アシュケナージ)|母ダフナ(サラ・アドラー)|長男ヨナタン(ヨナタン・シライ)|妹アルマ(シラ・ハイス)|ほか

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Posted byやまなか