映画「人情紙風船」(1937) 監督:山中貞雄 英題:Humanity and Paper Balloons
2021年11月14日 公開
「人情紙風船」には、二人の主人公がいる。
(↑)上で、ヤクザに痛めつけられているのが、新三。
新三とは、「人情紙風船」の原作となった歌舞伎演目「髪結新三」から引用された登場人物で、新三にまつわる話が「人情紙風船」の骨格になっている。
ついで、(↓)下の、左の男が浪人の又十郎。
又十郎は右側の侍に、仕官の口の斡旋を頼みこんでいる。
その侍の名は毛利三左衛門と言い、又十郎の父親が生前、十分世話してやった部下だったが、今は出世して偉くなったようだ。
かたや又十郎は最近まで病で伏せていたらしい。それで浪人の身となった。(映画はほとんど語らないが再仕官の斡旋願いなのかもしれない)
又十郎の妻は、手内職で黙々と紙風船を作って、この家の生活費を稼いでいる。
その紙風船が「人情紙風船」となる、本作品はそんなお話です。
さて映画は、江戸は深川の裏長屋に住む、独り者の年老いた浪人が首つり自殺し、その翌朝、これが発覚したことから話は始まる。
渋る大家だったが、何とか弔い酒を長屋住人たちに振る舞ってくれた。
さあ弔いだ!三味線、太鼓で長屋の連中はどんちゃん騒ぎ。この“通夜振る舞い”を企てた新三も、もちろん中にいる。

そしてこの騒ぎをのぞき見る子たちと又十郎。
そうです、新三、又十郎はこの裏長屋に住んでいる。
しかし、そんな長屋の様子に無頓着な又十郎の女房おたき。黙りこくって手内職の紙風船を作っている。

さあ、ここで、これから始まる物語の、登場人物の関係を図にすると‥。
まず図の真ん中に、質屋の大店、白子屋のひとり娘、深窓のお駒がいる。
この、お駒を見初めたのが、ある藩の家老の息子で、その家老は又十郎が仕官の斡旋を頼みこんでいる毛利三左衛門の上司にあたる。
以来、毛利は結婚の準備を進めるため、幾度も白子屋を訪れていた。
しかし、お駒と白子屋の手代の忠七とは、密かに恋仲。
ではでは、この白子屋のお家事情に、又十郎、新三の話が、どう絡むことになるのだろうか。
又十郎は、これまでも仕官の口を頼みに毛利の屋敷に何度も行ったのだが、いつも門前払いで会えなかった。
そんな折、又十郎は白子屋の店先で毛利を見かけた。又十郎は父親が生前に毛利へ書いた仕官願いの手紙を携えている。しかし、毛利はその手紙を受け取ろうとせず、昔の恩は忘れて迷惑顔で白子屋へ入って行った。
それでも挫けず又十郎は、店の玄関の土間で毛利を待つが、突然、ヤクザに店を追い出され路上で乱暴をうけた。
白子屋は質屋だが、無理を言う客も多いため用心棒を雇っている。店は又十郎追い払いに、この用心棒を使ったのだ。用心棒の彼らは地場のヤクザ集団。
さて、このヤクザの縄張りを無視して、独自に賭場を開いているのが、くだんの新三。
だから、新三はいつもヤクザに目を付けられ、事あるごとに痛めつけられている。(それでも賭場をやめない)
ある夜、新三の賭場にヤクザがなだれ込み、売上金一切を取られてしまう。
一文無しとなった新三は、元は髪結で、その商売道具を閉店後の白子屋の裏口から持ち込んだ。手代の忠七とはちょっとした顔見知りなのだ。
この時、図らずも新三は、人気のない裏口で逢瀬中の忠七、お駒と鉢合わせし、二人の仲を知った。
新三は、手代の忠七を当てにして何とか金を借りたかったが、「そんな質草じゃ金は貸せない」と忠七から、けんもほろろに言われた。そして忠七は丁稚を使って用心棒のヤクザを呼びにやった。「早く帰った方がいいよ」と忠七は新三に捨て台詞。
日は変わって、縁日その夜。参詣に出たお駒のお伴に忠七が連れ添っていたが、どしゃ降りで雨宿り。
ふたりが周りを気にせず話せる機会はあまりない。だが、傘が要ると言って忠七は、逃げるようにして雨の中を駆けだして行った。お駒は、ひとり残され悶々とする。

そこへ偶然、新三が通りかかる。
「お駒さんかい? お駒さんだろ」
新三は、先日、忠七に質入れを断られた腹いせに、この時、お駒を無理やり駕籠に乗せ、拉致した。
長屋に連れ込まれた、お駒。
新三の隣が、薄壁一枚、又十郎の部屋。女の声が聞こえると又十郎。
新三は頭が回る男。そのうち白子屋の用心棒たちが来るだろうと、お駒を又十郎のへ部屋へ移して預かってもらうことに。
案の定、翌朝、ヤクザ連が押し込んできた。しかし、お駒の姿はない。
ヤクザの親分は新三に小判を数枚投げて、これで片を付けようとしたが、新三は金は要らねえと言い放つ。続けて親分に向かって「頭を丸めて土下座すれば、お駒を返す」と言う。ヤクザの親分は、ぐうの音も出ず、くやしげに引き返していった。
新三は、手代の忠七への仕返しと、ヤクザの親分のメンツを潰したことで、大満足だった。
一方、又十郎の仕官頼みこみの話。
又十郎はしつこく毛利に会うが、毛利は話を聞き入れない。小雨のある夜、白子屋から出て来た毛利に、父親が書いた仕官願いの手紙を手渡したが、毛利はその場で手紙を投げ捨てた。いつか、こうなると分かってはいたが、呆然と立ち尽くす又十郎だった。
新三による、お駒拉致の一件は長屋をおおいに騒がせた。さっそく大家が乗り出してきて、俺が白子屋と交渉しようと新三を言い含める。
大家が白子屋に出向くと、そこでは、ことを公に出来ず、例の毛利三左衛門は困り果てていて、白子屋のあるじを横に置いて、金はいくらでも出すからお駒を返してくれと、毛利は大家に頭を下げたらしい。大家は大枚の小判を持ち帰った。
次の朝、手代の忠七が、お駒の身柄を引き取りに来た。
さて白子屋から得た金は、大家と新三で分け、なにがしかは又十郎の懐に入った。
又十郎は大家から、毛利が大家に頭を下げた、と聞いて気持ちが晴れる思いだった。
その日夜は更けて、新三は長屋の連中を近くの飲み屋に連れ出し大番振る舞いをした。あまり飲めぬ又十郎も誘いを断れなかった。
そこへ、入れ違いに又十郎の女房おたきが帰宅してきた。姉の家に泊まっていたのだ。金の無心の相談だったろう。しかしたぶん、それは無理な相談だった。おたきは疲れ切っていた。
そのおたきの耳に、長屋の女房たちが又十郎の噂しているのが聞こえた。あんなに大人しい又十郎がねぇ‥
おたきは、又十郎が新三と悪事を働いたと知った。
一方、又十郎は、おたきがそろそろ帰宅しただろうと様子を見に、飲み屋を出て長屋へ帰った。
そして、今日は仕官願いの父の手紙を毛利氏にやっと手渡せたと嘘を言った。
そうして酔いが回った又十郎はそのまま寝込んでしまう。
だが、おたきは又十郎の着物から、毛利に手渡したという、その手紙を見つけていた。
これまでも、夫は毛利とのことで嘘を言って来たことは、おたきは感づいていた。ふがいない夫。おたきの怒りは頂点に達した。
おたきは行灯の火を消し、懐剣を抜いて、暗闇の中で寝込んでいる又十郎を刺し、自害した。
かたや、飲み屋で騒いでいた新三にヤクザがやって来て、新三を連れ出す。
ヤクザに囲まれ、新三は親分と一騎討ちとなる。
朝、又十郎夫婦の無理心中が裏長屋に知れた。誰かの子が使いで、大家に知らせに走った。
その時、その子は手にしていた紙風船を落とす。それがどぶに落ち、風に吹かれて静かに向こうへと流されて行く。
映画は駆け落ちしようと言った忠七とお駒のその後を語らない。加えて毛利のその後も語らない。
山中貞雄は、『人情紙風船』の完成直後に日中戦争に召集され、翌1938年に中国の開封市で戦病死した。
英題:Humanity and Paper Balloons
監督:山中貞雄|1937年(昭和12年)|86分|
原作:河竹黙阿弥(歌舞伎演目:梅雨小袖昔八丈、通称『髪結新三』)|脚本:三村伸太郎|撮影:三村明|
出演:海野又十郎(河原崎長十郎)|新三(中村翫右衛門)|白子屋の娘お駒(霧立のぼる)|白子屋の手代忠七(瀬川菊之丞)|毛利三左衛門(橘小三郎)|又十郎の女房おたき(山岸しづ江)|ヤクザの親分源七(市川笑太朗)|その手下百蔵(市川莚司のちに改名の加東大介)|ほか多数
裏長屋の面々。夜そば屋、金魚売、按摩などなど。
【 一夜一話の歩き方 】
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