映画「傷跡」(ポーランド1976)  監督:クシシュトフ・キェシロフスキ

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映画はステファン・ベドナルツという名の、ひとりの技師を通して、1970年代初めのポーランド人民共和国の実態を語ります。

話の舞台は、ポーランドの東北の端、オレツコという地方都市
その郊外の広大な大地には、天然の針葉樹林が疎らに広がり、人々はその林間に、これも疎らに住んでいる。
住民の生活も、地元経済も豊かじゃない様子、国の経済支援が届いていないらしい。雨が降れば、道はぬかるみ水溜まり。

映画は、このオレツコ郡の議長が、この地に化学肥料プラント(工場)を誘致するに成功し、雇用が生まれ、さらにプラントは敷地を拡げ巨大化し、周辺道路も整備されていく様子を映しだす。
出荷される化学肥料は全国へ渡り、ポーランドの農業生産力に寄与するのだろう。

一方で、あまりに強引な建設は地元住民の反感を買い、また住民のこれまでの生活環境が破壊されるに至る。次いでプラント内では、労働改善がはかどらないのか労使が対峙し、労働者が経営側に対し反旗をひるがえす状況となった。(当時、他地区でも工場内の騒動が起きていた)

これまで、このプラント建設を推進するのも、住民の混乱を招いたのも、またプラントの工場運営をするのも、この地区の共産党体制内の、各部署の上層部、官僚的な面々であった。

この一連のストーリーに終始関与したのが、主人公ステファン・ベドナルツという男。
彼はプラント建設の有能な技師で、これまでも各地で、幾つもの大工場を立ち上げて来たのだろう。ステファンの、その腕その実績は国から信頼されている。大臣とも顔なじみだ。(矢継ぎ早の重工業の立ち上げは、発展途上の共産国ならでは、と言える)
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つまり、ステファンは、その技術力だけでなく、プラント建設のトータル・マネジメントに優れ、同時に党員として国(共産党)から一定以上の評価を得ていて、組織に属さない身でありながら、それなりの特権(職権)を持っている。

しかし、ステファンはそれを笠に着て威張らない。優しく人当たりが良い。
そんな彼は、地元住民たちや工場労働者たちの矢面に立つ、立たされるが、彼はこれも職務の内、国のためと引き受ける。その交渉内容は一方的にならず穏やかに事を収めようとする。(しかし、彼の優しさのせいで、事が中途半端で、どちら側の問題解決にもなっていない、労働争議では労働者側寄りの発言もする)

ともあれ全プラントは完成し、ステファンは工場長に任命され、彼はこれを快く引き受けた。(大臣は使い勝手がいい男だと思っている)
プラント完成祝賀の盛大な催しに、壇上の中央にいるステファン、この立身出世感もステファンが望んだものだった。ここへ来て、彼は権力を傘を着ている風にもみえる。

かたや、彼の胸のうちでは、国に対する忠誠心や正義や、彼なりの住民への善、つまり彼の「信念」が「現実」との間でギシギシきしんでいた。
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映画はこれを表すに、ドキュメンタリー作品を製作しようとするテレビ局の記者や、現代社会を批評する大学研究室の学生たちを登場させる。
彼らの前でステファンは、経済発展に寄与するプラント建設の必要性を肯定しながらも、官僚的な共産党に批判的な胸の内を吐露する。(記者の様子はまるでクシシュトフ・キェシロフスキ監督の分身のようにみえる)

結局、地区共産党によるオレツコ・プロジェクトの総括会議において、出席の面々は面と向かってステファンを批判した。そして、ステファンにプラント建設、工場運営のすべての責任をなすりつけ、彼の首を切り、工場経営責任者を事務官に替えた。(このように党にとってもステファンは使い勝手が良かった)
だがステファンは、会議が開かれる以前に、すでに辞任の意思を大臣に表明していたのです。
ラストシーン‥‥ステファンは自宅で幼い孫と楽しそうに遊ぶ姿が映し出される。
★       ★
総じて、監督は当時の何をつかみ取り、何を伝えたかったのか、はっきりしない。
本作の土台となる事が実際にあったとしたなら、当時、ドキュメンタリーを撮り続けていた監督は、ステファンに該当する実在人物に寄り添ってドキュメンタリー映画を製作するという手もあったかと思える。
いや、そういうことが出来なかったのかもしれない。だからステファンを主人公にフィクションでやろうとしたのか。ただしフィクションならばこそ出来ることは何か、ここの詰めが甘い気がする。
例えば共産党の組織硬直化の実態とステファンの心の内をより描き出し、沈黙の確執を、もっと掘り下げるべきだったのかもしれない。(ただし、直截的な党批判になる)
さらには映画にステファンの妻と一人娘も出て来るが、これも中途半端だ。こちらに重きを置くのなら、ステファンと家族との軋轢、そして妻の過去、娘のこれまでについてをもっと描くべきだったと思う。
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予告編です(以下シーン解説)
オレツコ郡の議長が、やらせの群衆を前にして、党幹部に工場誘致を納得させ、建設予定地を車で案内するシーン。
議長は知り合いのステファンを呼び寄せたシーン。
建設が決定すると、現場作業員募集の窓口に人々は殺到し、片や建設計画説明会では地域の住民感情は激しく悪化する。
予告編 決め
https://www.youtube.com/watch?v=OoE7Dhl6Hp0

見終えて、思うこと。
共産党やポーランドのことは横に置いて、この物語は時を越え今の世でもあり得る話だと思う。例えば、企業や役所などに勤める人が、強引な悪徳上司の仕切る部署に人事異動して、業務上、上司への忠誠心を問われ、個人の正義感と対立する、そんなことがありえますね。

ポーランドの東北の端に位置するオレツコは、隣国の三国、リトアニア、ベラルーシ、そしてロシア最西端で飛び地のカリーニングラード州に近い。


原題:Blizna|The Sca
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ|ポーランド|1976年|104分|
原作:ロミュアルド・カラス|脚本:クシシュトフ・キェシロフスキ、ロミュアルド・カラス|撮影:スワヴォミール・イジャック|
出演:ステファン・ベドナルツ(フランチシェク・ピェチカ)|オレツコ郡の議長(マリューシュ・ドモホフスキー)|ステファンの専属秘書(イェジー・スツール)|TV局記者(ミハウ・タルコフスキ)|大臣(スタニスラフ・イガー)|ステファンの妻(Halina Winiarska)|妊娠中の女性受付嬢(アニエシュカ・ホランド)|ほか多数

クシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画
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殺人に関する短いフィルム
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傷跡


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やまなか
Posted byやまなか