映画「右側に気をつけろ」  監督:ジャン=リュック・ゴダール

上

この映画を、監督は、「俳優とカメラと録音機のための17もしくは18景のファンタジー」と言い、さらに監督はこう言ったらしい。
映画館の外で、例えば町を歩く時、空を見上げる時、ただ普通に見て感じるだけ、これと同じように、この映画を観てほしいと。

ということで、観る者へ、監督からの指示(?)があったらしいが、ま、こっちはお金払っているし、あまり、ぼーとしてはいられない。
とにかく観てみましょう。

まず、印象に残るのは、次のふたつの、まったく異なる映像群が、あいまいだが対比されていること。
そのひとつは、当時、フランスで有名なロックバンド(レ・リタ・ミツコ)の男女ふたりが、録音スタジオで曲を作り、デモテープを作っているシーン。
これが、音楽制作現場の、素撮りのドキュメンタリー映像になっていること。それに彼らの曲の一部が映画の随所で流れる。

中3

これに対するもうひとつの映像群は、物語(劇映画、お芝居)だ。
話は、白痴公爵殿下(ジャン=リュック・ゴダール)に、今日の公開までに映画を作り、首都に届ければ、過去の罪は許すという電話があった事から始まるスッタモンダなのですが、およそ起承転結的なストーリーにならず、想い想いのパッチワークなシーンが散りばめられ展開される。
そしてそれらは、人生を重ねた者の、詩、あるいは悟りを語るナレーションに導かれ、道化や老人や金持ちでバカな美人が、コテコテな演出で登場し、奇妙な行動が、あてど無く続く。

中3

さて、この白痴公爵殿下の物語は何を言うのか?
たとえば、上の赤いスポーツカーの画像のシーン。
若いころの監督は「男と女がいてクルマが1台あれば映画が撮れる」と、言ったとか。
そうなら、画像左の男は何をしようとしているのか。

たとえば、白痴公爵殿下が作った作品を、上映用のフィルムにして収めた、まるい「フィルム缶」の外観がきれいだと愛でる、通りすがりの美人。
また、そのフィルム缶が運搬途中に何度も道に落ちるシーンがある。
これは何だろう。

中2


こんな、まったく異なるふたつの映像群を並べ対峙させて、言いたいことは。
総じて、時代の旧と新に対する、感慨かな。
監督の若き頃の自分との決別、映画制作にかかわって来たことの窮屈さ、うんざりな神格化、観客をスクリーンに釘付けにする映画からの??。
さらには、監督が感じる、過去を引きずらない新世代へのあこがれ。
また、たった二人だけで、シンセサイザーの手軽さもあって、音楽を手軽に創作できてしまえることに対しての、ある種の羨望。
なんせ、映画は、仕事が縦割りで、多くの専門スタッフが集結し時間をかけ作り上げるもの。


予告編です
ただし、こういうサウンドは本編には無い
予告編 決め
https://www.youtube.com/watch?v=WNJldL32QQg

予告編です
録音スタジオのシーン
予告編 決め
https://www.youtube.com/watch?v=Jqj1Rb-duL4


ちなみにナレーションが語った「現代の人間は魂の外で生きている」というフレーズが気にいった。

下



原題:SOIGNE TA DROITE
監督:ジャン=リュック・ゴダール|フランス|1987年|81分|
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ|音楽:レ・リタ・ミツコ|
出演:ジャン=リュック・ゴダール|ジャック・ビルレ|フランソワ・ペリエ|ジェーン・バーキン|ミシェル・ガラブリュ|レ・リタ・ミツコ : カトリーヌ・ランジェ (本人)、レ・リタ・ミツコ : フレッド・シシャン (本人)|ほか多数

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Posted byやまなか