映画「ブンミおじさんの森」 監督:アピチャートポン・ウィーラセータクン
2011年03月23日 公開

ブンミおじさんが住む一軒家は、日がとっぷり暮れると、闇の中に浮かぶ舟のようだ。深い森から夜気がひたひたと伝わってくる。虫の音しか聞こえてこない。
都市に住む亡妻の妹ジェンを、久方ぶりに呼び寄せて裸電球の下、テラスで食事をしている。そこへ予期しないふたりの訪問者が静かに現れる。ひとりはブンミおじさんの、19年前に亡くした妻の霊。もひとりは、森の精霊と化した息子の霊だ。映画はここから始まる。
ブンミおじさんは軍隊退役後、森を切り開き、ラオスからの出稼ぎ人を使ってタマリンド農園や蜂蜜(養蜂)を営んでいる。ひとり、世間に背を向けて生きているように見える。映画で語られないが、妻や一人息子を亡くしたことに加え、軍隊時代の精神的後遺症が影響しているようにも思える。もともと農民ではなさそうな気もする。
じん臓疾患で自宅で透析する彼は、余命いくばくもないと悟ってジェンを呼び寄せたのだ。息子の霊いわく、今夜は森の精霊がこの家のまわりにたくさん集まっていると。彼らもブンミおじさんの最期を感じていた。
おじさんがジェンに打ち明ける。「かつて自分は戦争で共産党兵士をたくさん殺した。虫もずいぶん殺した」とカルマ(業、梵)のことを言っている、このシーンは忘れられない。
タイの北部、ラオス国境付近の森には、いまも精霊たちは住んでいる。
暗い森に住む精霊たち、動物たちを、そしてブンミおじさん達住民を、さらに森に生きるものすべての生死・輪廻転生を包み込んでいるのは、アジア的風土だ。それは太古からの母なる森、気が遠くなるような時の流れから抽出された腐葉土、河の水、吹く風、そのような天地もろもろが生み出す、東アジア的な濃くて肥沃な風土だ。
同じ世界観を持つ、同監督の映画「トロピカル・マラディ」※を思い出すが、「ブンミ」の方が格段にいい。
2010年カンヌ映画祭審査委員長ティム・バートンという監督が「ブンミ」の受賞にあたって言っている。「世界はより小さく、より西洋的に、ハリウッド的になっている。でもこの映画には私が見たこともないファンタジーがあった。それは美しくまるで不思議な夢を見ているようだった」。確かにそうだろう。しかし、そもそも「ファンタジー」という西欧文化的視野では、この映画の世界は理解しにくいだろう、未知だろうなと思う。
一方、西欧化が進んだとは言えアジアに住む私たちは、根源的なところで映画と共感できると思うが、いかがだろうか。ここがこの映画に入り込めるか否かの洞窟の入り口。映画の世界にいったん入れば、そこにはミラクルワールドが広がって来るからうれしい!!
去年の秋、東京フィルメックスの会場で観た、ジャ・ジャンクーの「海上伝奇」、園子温の「冷たい熱帯魚」、そしてチケット売り切れで観れなかった「ブンミおじさんの森」。やっと観れた。
「ブンミ」は地味な映画で、派手/地味ということではアピール力ある「冷たい熱帯魚」に劣る。でも「ブンミ」がフィルメックスの開幕一番上映のプログラムだったことは理解できる。なぜなら、「ブンミ」は作品として華があるからだ。
宣伝する側に立って思うこと。ファンタジー路線で行きたいがアジア土俗さが強くて一般受けしないし、CG的なケレン味もない。下手すると安物チューバッカSF映画に観られてしまう危惧もある。ティム・バートンが言うように欧米では珍しさで少しは受けが狙えるが、日本では難しいところだろうか?
映画の感想で、宮崎アニメの「もののけ姫」の森のモノノケや、「天空の城ラピュタ」の鉱山の底での光景を、きっと言うだろうね。だけど「ブンミおじさんの森」と通底する唯一の日本映画は、沖縄を舞台とした映画、高嶺剛監督「ウンタマギルー」をおいて他にないだろう。(下線部クリックで映画記事へ行けます)
ともあれ、アジアの森の世界を楽しんで欲しい。
※映画「トロピカル・マラディ」
監督:アピチャートポン・ウィーラセータクン
2004年カンヌ国際映画祭・審査員賞、同年東京フィルメックス
監督:アピチャートポン・ウィーラセータクン|タイ、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン|2010年|114分
原題:Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives|
出演:ブンミ(タナパット・サイサイマー)|亡き妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)|妻の霊(ナッタカーン・アパイウォン)|ほか
上映館:シネマライズ





ブンミおじさんの農場で働くラオスからの出稼ぎ労働者たち ↑(フランス語が堪能)

![U点滴10.54.08]](https://blog-imgs-29-origin.fc2.com/o/d/a/odakyuensen/20110320120222f6e.jpg)








海外の映画ちらし2種

タイの仏教式葬儀では、故人の親族の男子が一時的に出家する。
告別式は朝早くからはじまる。
近親者の子弟、数人が急ごしらえの坊さんになる。早朝、寺へ行き、出家の儀式を済ませて来る。
供養の儀式が済むまで、あと3日間は還俗できない。

<謎・その2>
電気でショックを与える虫取りラケット(BuG ZaP)
まったく知らなかった。映画のシーンを観ていて、これを使って何をしているのか、しばらく分からなかった。不思議な夢を見ているようだった。

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「気に入ってる、最近の映画」《まとめ》
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