映画「江分利満氏の優雅な生活」 監督:岡本喜八

本人eburi  原作を借りての、おっとり穏やかなアジテーション映画。監督の言いたいことで埋め尽くされて自己完結している。ただし、一般サラリーマンの会社生活の嘆き、自嘲などを織り交ぜ「俺もそうなんだよな~」と観客の共感を得ようとはしているが。

  この映画で監督は、日本が歩んできた道のりを大衆の立場から語ろうとしている、のかな??。大正から昭和初期、太平洋戦争中から戦後という、戦争を挟んで二つの世代・江分利さんの父親と江分利さんが歩んだ道をモデルにして。
サントリーeveryman_4  でも、でもですね。主人公・江分利満(えぶりまん)は大企業サントリー勤務で仕事がきつくなく社宅も上等で家庭も平和で、あまりに生活や身分が良すぎて、おまけに直木賞を獲得するなんて、、、、こりゃスーパーマン。大衆の代表としては、失格だね。
 ← 「おい、聴いてる?江分利さん!」


家庭isi1963  その江分利さんは36歳。それにしても1961年当時、日本の36歳はこんなに大人だったのだろうか? 映画を観ていると彼の思考の成熟度合いが40歳以上に見える、50歳代といってもおかしくない。
  だからかな?映画の冒頭とラストに、会社のビル屋上で若い社員が昼休みにバレーボールをしているシーンが出てくるが、江分利さんだけが一人ポツンといる。大正生まれの人間が、戦争を挟んで幾つもの歴史の波を乗り越えて来たがために、歳の割りに老成しているのかもしれない。あるいは、戦前戦中を知っている人間からすると、経済が前年度より必ず右上がりで、彼から見ると何もかもが規定路線で安直な時代に映る、そんな流れに乗って楽しそうに日々を過ごす若者が気に食わないのかもしれない。で江分利さん言うには「おもしろくない」となる。

3人ninn008006001199  また江分利さんは語りが上手。独特の語り口と知識・細かい観察眼・空想力を持っている。職場の若い社員は最後までは聞いてくれないが、呑み屋で話はじめると夜中過ぎても止まらない。小説を書くようになる人は、こうなのかもしれない。無口な時でも、頭の中では饒舌だったり。だから、婦人雑誌編集の人に呑み屋でスカウトされ小説を書くようになる。


本人2 images  さて、江分利さん親子を題材に、日本が歩んできた道のりを大衆の立場で語ろう、としたことは何?
  江分利さんは大正15年生まれ。早稲田大学卒。生真面目だが枠にはまりたくないタイプ。出世は望まない、ゆっくらサラリーマンが性に合っているが日常を変える変化も欲しい。太平洋戦争では兵隊にならなくて済んだぎりぎりの世代。思春期青年期は戦時下で啓蒙洗脳され、いろいろ抑制されもした。その重たい抑圧感を引きずりながら、戦後直後の開放感を味わう。しかしその余裕もなく、生活のために奔走した。江分利さんが勤めるとすぐに会社が倒産するなどいくつかの会社を渡り歩き、今、サントリーの広報宣伝部部員。(映画は原作者山口瞳をなぞっている、山口瞳はサントリー宣伝部から小説家になる)1961年現在を映画化しているので、安保闘争にも江分利さんは関心がある。しかし、さすが大会社サントリー、社宅が戸建て庭付き。いい生活している。

おやじ9709e  そして江分利さんのお父さん。性格は自由奔放、誰にも邪魔されたくない我が道を行くタイプ。明治生まれで、この世代も戦場経験がない世代。太平洋戦争では兵役に出るには歳をとっていた。よって商売や事業に専念できた。昭和初期から太平洋戦争初期、日本は戦争準備で好景気であった。素人がなにか事業を起こしても、いい確率で成功できたし、失敗しても再起ができた。また企業が競って自社の存在基盤を作っていった時代。だから会社員といえども、戦前は転職がわりかし普通にできたし、会社員人口が現在よりも圧倒的に少なく、サラリーマンにとってポストが職場にそれなりにあり、いい時代であった。江分利さんのお父さんは、自営で事業をしていたのをやめて、「そのうち開戦がある、油だ、油の需要が大きく伸びる」と気がつき石油会社に勤め、波に乗りうまい具合に出世する。大きな社宅、自家用車、家政婦さんといった上等な生活ができた。江分利さんはそんな家庭に育った。

  ここまで書いてきて思う。何だ!、この映画、江分利さんちの成功物語 じゃん。
  どおりでタイトルが「江分利満氏の優雅な生活」なわけ。
  優雅な生活という担保があって、優雅な憂鬱、優雅な「おもしろくない」があり、庶民とは違う視点が持てるので、束縛されない自由さで世間や政治を切っていく江分利満。everyman=ごく普通の人 じゃないね。
  こんな主人公に何を語らせても、リアルじゃない。彼の言うことをなるほどと思う人は、江分利さんにオルグられていることに気付かねばならない。
  そんな、こんなの全体をつかんだ上で、かるーく楽しんで観るべき作品である。
  ただし、観客に求められている理解度のハードルは結構高いので、注意。


家庭5_main監督:岡本喜八|1963年|106分|
原作:山口瞳
出演:小林桂樹 江分利満(サントリー社員)|新珠三千代 江分利の妻・夏子|矢内茂 庄助|東野英治郎 江分利の父親・明治|英百合子 みよ|横山道代 矢口純子|中丸忠雄 佐久間正一|ジェリー伊藤 ピート|松村達雄 赤羽常務(サントリー重役)|南弘子 坂本和子(サントリー社員)|桜井浩子 泉俊子(サントリー社員)|八代美紀 柴田ルミ子(サントリー社員)|二瓶正也 田代(サントリー社員)|小川安三 小宮(サントリー社員)|西条康彦|* 天本英世 柳原(サントリー社員)|江原達怡 辺根(サントリー社員)|田村奈巳 ミチ子(その妻)|草川直也 マスター|河美智子 トンちゃん|森今日子 トシコ|北あけみ ヨシ江|柳川慶子 寛子|塩沢とき  ナポリの女|砂塚秀夫 香具師|堤康久 小野田医師|長谷川弘 松本上等兵|平田昭彦 江分利の兄|太刀川寛 江分利の弟|芝木優子 その妻|沢村いき雄 会葬者|紅美恵子 看護婦|

天本英世が演じているサントリー社員・柳原とは社内デザイナー(イラストレーター)で、サントリーの初期の宣伝キャラクターを描いた柳原良平。神奈川県横浜市在住。


岡本喜八 監督の映画
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江分利満氏の優雅な生活
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殺人狂時代


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