映画「わが友イワン・ラプシン」  監督:アレクセイ・ゲルマン

家80 2222
(左写真) 家政婦のおばさん、少年、父親、アコーシキン
(写真右上) 少年と父
(写真右下) ラプシン、父、アコーシキン


上









  1935年ごろ、ロシアの地方の話。
  当時、少年だった男が、若き父や、父の周辺の男たちを懐かしく振り返る。
 (映画冒頭より)
ギター   これは遠い昔の話だ。父から何度も聞かされた。
   長い廊下に響く幼い私の足音、男たちのタバコのにおい、今では考えられない貧しい暮らし。通りはいつも冷たい風が吹いていた。そんな環境でも、私たちは不自由を感じることもなく、助け合って生きていた。
   記憶の彼方でよみがえる大切な人たちの顔や声。これは私の告白だ。子供時代に身近にいた人々への愛の告白なのだ。 半世紀も前の話だが、現在のこの住まいから、歩いて5分のところに住んでいた。(以上)

男たち  父は刑事であった。
  少年と父は、ラプシン、アコーシキンという2人の刑事たちと、一つ屋根の下に暮らしていた。時には警察の同僚たちが、たくさんが集まるパーティーもあった。少年は、こうした1900年前後に生まれた男たちに囲まれ育った。つまり彼らはロシア革命の担い手であり、それまでの時代(~1930年前半)を謳歌できた世代。こうした「当時の時点の彼ら」を表現したい、という思いが、この映画の基軸になっている。映画が描く「当時」のあとには、スターリンによる政治的抑圧・大粛清が始まり、一般民衆にまで及ぶことになる暗澹たる時代が始まる。

組0  話の展開は、ラプシン刑事が中心となって進む。(右写真:左の男)
  ラプシンの知り合いのハーニンという男(右写真:右の男)がこの街に着いた。妻の葬儀を終えて、まだ1週間のジャーナリストだ。当然だが、やけっぱちな態度、先のことが考えられない様子。ラプシンは、この男をイソウロウとして家に迎え入れる。
  この街に住んでいる、芽が出ない女優ナターシャ。街の芝居小屋でやっと端役をもらえた。ラプシンは、ナターシャに気があったが言い出せないまま。そこへハーニンが現れて、ナターシャはハーニンに惚れてしまった。
  一方、ラプシンは、脱獄犯を追っていた。潜伏場所の情報が入り、捕り物となる。ラプシンは現場にハーニンも連れて行ったが、運悪くハーニンは犯人に刺され重傷を負ってしまう。
  大筋、こんな風な展開だが、描かれるストーリーだけを取り上げて、ああだこうだ言ってみても、この映画の何たるかは見えてこないので、ご注意を。
  ただし、監督が描いた「あの時代」というのに共感できない。なぜなら、映画製作の1984年から50年前の、1935年ごろのソ連の世相イメージを持たない者にとっては、ああ! とか言えないのだ。残念。ちなみに過去との距離感に限って言えば、今から50年前の昭和30年代のイメージって事になる。うむ。
  
下
オリジナル・タイトル:Moi Drug Ivan Lapsin|My Friend Ivan Lapshin|
監督:アレクセイ・ゲルマン|ソ連|1984年|100分|
脚本:エドゥアルド・ボロダルスキー|撮影:ワレーリー・フェドーソフ|
出演:ラプシン:アンドレイ・ボルトネフ|ナターシャ:二ーナ・ルスラーノワ|ハーニン:アンドレイ・ミローノフ|アコーシキン:アレクセイ・ジヤルコフ|父親ザナドヴォーロフ:アレクサンドル・フィリッペンコ|パトリケーヴナ:ジナイーダ・アダモーヴィチ|

ラプシンは国内戦で騎兵中隊を指揮していた。
負傷して後遺症が残り、まれに発作を起こすことを、極端に恥じている。

アラ1      アラ2

少年のころ、当時も街に市電が走っていた。        現在は大きな都市となり、市電の路線も増えた。 
アラ3      アラ4


アレクセイ・ゲルマン監督の映画をこちらにまとめています。
バナー2


【 一夜一話の歩き方 】
下記、クリックしてお読みください。

写真
写真
写真
写真
写真
関連記事
やまなか
Posted byやまなか

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply