映画「月はどっちに出ている」  監督:崔洋一

上
 
  いい映画だ。 
  タクシー運転手で、在日二世の姜忠男(岸谷五朗)を主人公にした喜劇映画。
  そして、忠男と、フィリピンからの出稼ぎ女性・コニーとの、可笑しいラブストーリー。
  しかし、映画の良さを知るには、案外ハードルが高い。 

組0  忠男の母親(絵沢萠子)は、新宿・歌舞伎町で長年、バーを経営している。なかなかのやり手。少女時代に日本に来て、ここまで這い上がって来た成功者だ。
  一方、息子の忠男は、母親に言わせりゃ頼りない、ちゃらんぽらん。 30歳過ぎても過保護、独身。 母親も忠男も国籍は北朝鮮籍。だが、忠男は「俺には北も南も関係な~い。」と言っている。
  そんな忠男は、新宿のタクシー会社に運転手として勤務する。会社の二階にある従業員宿舎で寝泊まりしている。薄給。 
  このタクシー会社の社長は、朝鮮学校で忠男と同窓の金世一。つまり世一も在日二世だ。彼は上昇志向が強い、やる気の経営マインドの持ち主。だが、親から引き継いだ、タクシー10台ほどの会社じゃ先がない。ゴルフ場開発に投資して大きく勝負をかけたいと思っている。時は1980年代、どこもまだまだ右肩上がりで日本中 元気いい時代。

  ある日、朝鮮学校で同窓だった男の結婚式に忠男と世一が出席した。(披露宴は、東京・神宮外苑にある明治記念館?) 
  広~い式場は在日の人々でいっぱいだ。歌、踊りで場は大いに盛り上がっている。新郎側は北朝鮮籍、新婦側は韓国籍の人々。だが、出席者はみな、在日の富裕層のようだ。新婦の主賓に在日本大韓民国「民団」のお偉方が来ている。壇上で歌われる歌が北朝鮮の歌ばかりなので、司会者にクレームがはいる。
  そんな最中、式場で、世一の携帯電話がなる。世一に、まとまった金を貸そうと言う、在日のヤミ金融からの電話だ。彼らいわく、俺達も民族系の金融よ、というがつまりは、やーさん。(当時、携帯電話持っている=ビジネス最前線的ステイタスシンボルだった) 
  のちに、世一のタクシー会社は不渡りをくらって倒産。ヤミ金が差し出す10億円の借用書に、世一はハンコを押す。はめられた。世一、やけになって社屋に火をつける。 
  忠男は、ほかのタクシー会社に転職した。

組000 もうひとつのストーリー。 
 母親は、出稼ぎフィリピン女性を店で雇っているが、みな日本語がだめ。そこで日本語が達者な、出稼ぎフィリピン人・コニー(ルビー・モレノ)をチーママで雇い入れた。 
  これに惚れたのが忠男。出会いのそれは、「もうかりまっか?」というコニーの、場違いで・たどたどしくも・可愛い挨拶の一言であった。結果ふたりは同棲をはじめる。 だが、「いっしょにフィリピンへ帰ろう!」というコニー。煮え切らない忠男。  
  一方、母親とコニーもうまくいかない。言いたいことはハッキリ言う母親。言いたい放題の関西弁コニー。そもそも合うはずがない。こんなもめ事の末に、母親はコニーを店から追い出した。これで忠男とコニーの関係は切れたかにみえたが・・・。

  ラスト。地方都市郊外にある一軒のフィリピン・パブ前に忠男がタクシーで乗り付けた。店に悪態つきながら出てくるコニー。躊躇しながらもタクシーに乗り込んだコニーに向かって、「どちらまで?」 「フィリピンのマニラまで」


  映画冒頭、タクシー会社の管理課長・仙波(麿赤児)が朝、朝礼で従業員に訓示している。
  「頭を使って知恵を出せ。知恵を出せないものは汗を出せ。知恵も汗も出ないものは去れ!」
  麿赤児の、状況劇場的な舞台風・絶叫セリフ。ほかじゃ聞けない。冒頭のこのセリフで、この喜劇の「乗り」に、乗れるか否かを試される。聞き流してはいけない。 へたすると、映画を観終わっても、本作がシリアスな作品だと勘違いする人がいるかもしれない。
  加えて、仙波(麿赤児)と新米運転手・安保との、電話での短い会話シーンが何度かある。
  安保:「自分は今、どこにいるのでありましょうか。」
  仙波:「安保さん、月はどっちに出ていますか?」
  安保:「東か西か・・・南か、北であります。」
  仙波:「安保さん。・・・月に向かって走って来てください。」
組0000  話の展開にまったく関係ないシーン。自然な話ことばでなく、誇張された とても演劇的セリフ。幾重にも解釈可能なセリフ。その上でこのシーンは、映画に謎の異空間を呼び寄せている。スパイスのように効いている。この良さが分からないと、この映画に寄り添えないだろう。

  さて、「月はどっちに出ている」は、在日朝鮮人が主役の映画。
  忠男以外は、総じて生活豊かな人々が登場している。映画冒頭の披露宴シーンが、在日の生活の余裕と、民族の繁栄を表現している。映画は、このシーンに結構長い時間を割いている。なぜ?  
  これは、在日韓国・朝鮮人を扱った かつての邦画が、貧しい在日と相対的に豊かな日本人、少数の在日と多数の日本人という内容であった。この図式の裏返しが この映画だ。 歴史的問題への認識とともに、このあたりを感じえないで観てしまうと、平板な披露宴シーンでしかない。
  映画は決して挑戦的物言いではないが、本作の構図は要するに、豊かな在日に対し、貧しい日本人。この日本人に該当するのが、タクシー会社の日本人従業員たち。世間的に弱い立場の奇妙な面々が、この会社に吹き溜まっている。個性豊かで おかしな俳優たちで演じられている。
  そうそう、従業員のひとりは、ハッサンというイラン人修理工であった。同じく修理工の先輩じいさん(内藤陳)が、ハッサンに差別的扱いをしている。入れ子的な差別の様子。ま、映画は笑いに包んで表現しています。  つまりは、イラン人にフィリピン人というように、世間は日本と朝鮮半島の関係だけじゃなくなっているよ、と映画は語っている。  
  歌舞伎町の店で、コニーと母親が やりあうシーン。 関西弁でコニー:「あたしは、15歳から日本で働いているんや。」  母親:「何言ってんの、私は10歳からだよ。」  在日と出稼ぎ、朝鮮人がフィリピン人を雇う。ややこしくなっていく国際都市・新宿をうまく表している。
  
  母親が、北朝鮮に日常品を送ろうと荷造りするシーンがある。そして、段ボール箱の底に、母親が一万円札10枚くらいを忍ばせようとするを、忠男が横からそれを制して、北朝鮮の検査で見つからないようにお金を厳重に隠す細工をする。送り先は母親の子供か親戚か。印象に残るシーンだ。
  そもそも、在日の人々の90%以上が38度線以南の出身といわれる。だとすれば、この母親は自ら北朝鮮籍を選択し、日常品の送り先は、帰国船で日本から北朝鮮に渡った人なんだろう。時は、1980年代。金正恩の祖父、金日成の時代。

  大人の喜劇映画ってのは、案外難しい。  下記の<お薦め>も、あわせてご覧ください。
  最後になってしまったが、フィリピン人チーママ・コニー役の女優、ルビー・モレノなくして、この映画はなりたたないです。

下監督:崔洋一|1993年|109分|
原作:梁石日-「タクシー狂躁曲」1981|脚本:鄭義信 、 崔洋一|撮影:藤沢順一|歌:憂歌団|
出演:岸谷五朗:姜忠男(神田忠男)|ルビー・モレノ:フィリピン人チーママ・コニー|絵沢萠子:忠男の母・バーのママ・姜英順|小木茂光:金田タクシー会社社長・金世一(金田世一)|遠藤憲一 :朴光洙(新井光洙)|有薗芳記:ホソ ホソの口癖:「俺は朝鮮人が嫌いだ。だけどよぉ忠さん、一瞬金貸してくれよぉ」|麿赤児:仙波|國村隼:多田|芹沢正和:おさむ|金田明夫:道に迷う新米運転手・安保|内藤陳:谷爺 タクシー会社の年老いた修理工|木村栄:やくざ|瀬山修:やくざ|萩原聖人:タクシー料金払わずに逃げるサラリーマン バブルの頃は会社に深夜タクシー代を請求できました|金守珍:披露宴司会者|金久美子:チョゴリの女|城春樹:金田タクシー従業員|吉江芳成:金田タクシー従業員|木下雅之:金田タクシー従業員|古尾谷雅人:ヤミ金融の紺野|ハミッド・シャイエステ:タクシー会社の修理工・ハッサン|メリー・アン・リー:バーの出稼ぎ・ロリータ|マリア・シュナイダー:同じく・アイリーン|エヴリン・タンセコ:同じく・ルビー|

<お薦め>
「月はどっちに出ている」に合わせて、こういうドキュメンタリー映画を観ると、ストーリーの奥行きが見えてくる。

新宿の在日朝鮮人一家のドキュメンタリー映画
  「HARUKO ハルコ」  監督:野澤和之   レビューはこちらからどうぞ。

大阪の在日韓国人一家のドキュメンタリー映画
  「大阪ストーリー」   監督:中田統一    レビューはこちらからどうぞ

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やまなか
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